第6話 夢と現実と好奇心

 夢を見ている。とてもリアルな映像だが、これは夢だと由美は確信していた。
 これが夢でなければ……不法侵入及び覗き行為で逮捕されるだろう。仮に逮捕されないとしても、こんな場面を覗き見している自分はただの変態だ……これが夢だとしても、こんな夢を見ている段階で極度の変態かもしれないが……少なくとも、これが現実ではないことは確信していた。
 ……本当に現実ではないのだろうか? 夢にしてはあまりにも映像がリアルすぎる。だがこれが夢でなければ様々なことに説明が付かない。由美は自分が置かれた状況が現実離れしているから夢なのだと、そう判断している。その判断方法はおそらく間違っていないだろう。実問題として間違っていたとしても、判断の手順に誤りはないはずだ。
 由美が見ている場所はベッドルーム。見覚えのない場所だが、少し古ぼけた壁や部屋全体の雰囲気、なによりそこにいる人物達から、ここが武達の住まう探偵事務所兼自宅の一室だと判る。人が寝るにはあまりにも大きすぎるベッドに、家主とその同居人達が寝ようとしていた
 そう、まさに寝ようと……男女が一つのベッドで「寝る」、つまりは抱き合おうとしている最中なのだ。
「ほら、隠す必要はないでしょう? ここであなたがしなければならないこと……あなたがして欲しいことは何?」
 一人の女性が、もう一方の女性に諭すよう語りかけている。双方の女性には見覚えがある……ただ、双方共に見慣れない姿になっていた。
 一人はベスを名乗る悪魔。普段は「清純」をそのまま体現しているかのような淑女なのだが、本性は淫魔……リリムである。今彼女はリリムとしての飾らない本性をさらけ出し、もう一方の女性を背後から羽交い締め、いや手は女性の乳房にあてがわれ、もみくちゃにしていた。
 胸を好きなように弄ばれている女性はエンジェル。神の使いが淫魔に好きなよう弄ばれていた。最初に由美が彼女を見たときは裾が地面に擦れるほど長い真っ白なワンピースを着ていた。しかし今の彼女はベルトのような細長い革を胸や腰に巻き付けているだけの、かなり露出度の高い服を身につけている。そもそもこれは服なのだろうか? あえて服というのならば、拘束服の部類に入るのか……ただ由美にとって一番驚くべき天使の姿は、形容しがたい服にあらず。彼女の身体的な特徴にあった。
「そん、そんな……あ、ああ、恥ずかしい、です……」
 言葉通り天使は恥ずかしがっているのだろう。腰をモジモジとくねらせている。問題はその腰だ。腰が揺れる度に、彼女の股間から「生えている」物がブンブンと大きく揺れていた。女性である由美にとってあまりに見慣れない肉体の一部……「彼女」がそれを持ち合わせていること自体おかしなこと。だが間違いなく、ソレは作り物ではない。ソレを証明するかの如く、時折ビクンと「ソレ」は跳ねるように動く。跳ねたソレが首から腰にかけ伸びているベルトの先端、金具の部分にカチャカチャと当たっていた。金具はそもそもパンツ部分を止めるための物のようだが、今その金具にパンツ部分はなく、下半身を露出していた。だからこそいきり起つ「ソレ」が暴れているのだ。
「今更恥ずかしがる事じゃないでしょう? それとも……もう止める?」
「ヒゥッ!」
 淫魔の手が天使の股間へ伸びる。その手は開かれ、そして女性にあるはずのないソレを強く握りしめた。
「こんな物生やしてる、淫乱な天使さん。さあ、コレをどうしたいの? それとも、コッチをどうにかしたい?」
 淫魔の手がもう一つ、天使の股間へ伸びる。行く先はもう一方の手で握ったソレよりも奥……ソレの付け根当たりへと向かっていった。
「ンァアア! そ、そこ、や、ん、ハァアア!」
 クチュクチュと湿った音がし始める。音は淫魔の指先、天使の股間から漏れ出していた。
「凄い音……もうこんなに濡らしてたのね。本当にあなたは淫乱ね……それで本当に天使なの?」
「だ、だって、あなた、が、んァアア!」
「私が、何?」
「あな、あなたが、わたし、わたし、の、こ、これと、か、んっ!」
「コレじゃ判らないわ。ちゃんと話して」
「ふぁ、ん、こ、お……おちん、ちん、とか、ヒァッ! い、あ、ん、お、おま、おま……おまん……こ、とか、いじ、ひ、ふぁああ!!」
 途切れ途切れではあるが、しかしハッキリと、天使が口にすべきではない隠語を口から漏れ出している。それはまさに「信じられない」光景そのものだろう。
 そんな信じられない光景をまざまざと、由美は見ていた。顔が焼けるように火照る。見ているだけで恥ずかしくなり、見ているだけなのに心が落ち着かず、腰がモジモジと動いてしまう。
 ただ夢を見ているだけなのに。
 これは夢なのに。
 夢……なの?
 あまりにも衝撃的で目を疑うような光景。なのに現実味のある映像。破廉恥すぎてみていられない。なのにまったく目を反らせられない。反らせたくない……見ていたい……見ていたいの? 由美は自分の高まる鼓動や息遣いまでリアルに感じながら、目の当たりにしている光景を凝視し続けた。
「オチンチンやオマンコを、どうされてるの?」
 淫魔が天使の耳元で囁く。天使の透き通るように白く美しい頬が真っ赤に染まっている。
「い、じっ、らぁ! んあ、ん、いじ、いじられて、ま、す……ファ!」
「ええそうね。あなたのとぉってもいやらしいオチンチンとオマンコを、私が気持ち良くしてあげてるわ。淫魔に気持ち良くされるなんて……天使なのに、だらしないわね」
 淫魔に弄ばれる天使。確かにコレは神の使いとしてはあまりにもだらしない。天使としてあるまじき事……淫魔に侮辱されながら屈辱的な行為に溺れる、そんな恥辱を天使は晒されている。
「こんなだらしない姿を、あなたは誰に見られているの?」
 見られている……その言葉に由美はピクリと身体を震わせる。だが淫魔も天使も、視線は正面に向けられたまま……由美ではない別の者へと向けられていた。
「あ……ん、わ、わたしは、マスターに、み、見られてま、ます……」
 二人の正面には一人の男がいた。天使がマスターと呼ぶ男が。
 その男は当然、由美にも覚えがある。この探偵事務所の主、金清(かねきよ)武……天使と淫魔を従えているデビルサマナーだ。
 やっぱり……改めて武の姿を見て、由美は思った。最近訳もなく身体が淫らに疼く事が増えていた由美だったが、その時何故か武の顔を思い浮かべていた。特に異性として意識していた相手ではなかったはずだが、何故かいやらしいことを思い浮かべると武のことが同時に思い浮かぶ。不思議には思っていたが深く考えたことのない由美だったが……いやらしい夢を見ているのだからきっと武が出てくる……そんな妙な確信が由美にあり、そしてソレは的中していた。
 その武も……夢なのだから当然といえば当然だが……由美の存在には全く気づくことなくじゃれる二人の仲魔に魅入っていた。口元を歪めるその顔は色欲に染まっており、見つめる瞳は愛欲に染まっている。そして二人を見つめながらベッドの上であぐらを掻いている武の腰元には小さな小さな女の子がいた。
「ん、クチュ、チュパ……アハ、タケルのまだ大きくなるね。エンジェルの見てコーフンしてるんだ」
 武に頭を撫でられながら、小さな妖精ピクシーが武のモノにしがみつきながらソレを舐め回していた。
「だそうよ? エンジェル。私達のご主人様はあなたのどうしようもなく淫乱な姿を見て興奮してくださっているそうよ……嬉しい?」
 喘ぎ続ける天使の顔に、いやらしくも優しげな笑みが浮かぶ。
「ああ、はい、うれし、んっ! うれしい、です、ああ、マスター、マスター! わたしを、みて、みてぇ! こ、この、どうしようも、なく、み、みだらな、いやらしい、わた、わたしを、みて、みてくだ、さいィイァアア!」
 視線を意識しながら、天使は自ら胸を揉みだし更に喘ぎ続けた。バサリと大きな羽根が背後の淫魔に当たるのも気にせず、愛しい主に向けて脚を広げ、全てをさらけ出し快楽を見せ付ける。
「みて、マスター、い、いんまに、いかされ、る、ん、だ、だらくした、てんしを、ん、ま、マスターに、マスターに、みられて、こうふんして、るぅんんん! んあ、あ、や、い、いく、いき、いきます、マス、マスター、いき、いきます、み、みて、みて、み、い、い、く、いく、いく、いく、いく、いっくぅぅぅぅぅうあぁぁああああ!!」
 絶叫と言うに相応しい喘ぎが室内に木霊する。同時に、白濁した液体が天使の股間から勢いよく飛び出していく。
「うわぁ、ここまで届いちゃったよ……もう、なにも私にかけなくてもいいじゃなぁい」
 妖精の抗議は耳に届いていないのか、天使は肩を上下に動かしながら激しくなった呼吸を整えるのに必死だった。抗議した当の妖精も、言葉ほど不快に感じている様子はなく、むしろ身体にかかった天使の「聖水」を自ら身体に塗り込み、その身体で再び武のモノにしがみつき全身で奉仕を続けている。
「凄い声……そんなに気持ち良かった?」
「は、はい……気持ち良かった……です……」
 淫魔に身体を預け、天使は火照った頬を優しく歪めた。そんな天使に、淫魔がそっと唇を寄せていく。
「ホント、いやらしくって……可愛いわ、あなた。ん、チュ、ん……」
「はむ、ん、チュ、クチュ……ああ、ん、チュ……」
 唇を重ね舌を絡ませ、気持ちを通わせる。秩序を重んじる天使と、自由を求める淫魔。相反する思考を持つ二人だが、しかしそれでも二人の仲は良好だった。
 同じ「想い」を共有しているから。
「さあエンジェル……そろそろ、私達のご主人様が我慢できないみたいよ」
「はい……愛すべき我がマスター、ここはすっかり準備が整いました……どうぞ、マスターだけに捧げた天使の「中」へと、お越し下さいませ……」
 淫魔に促され、天使は身体を反転させ淫魔の上へと寝そべる。そして臀部を主に向け、グショグショに濡れた天使への「入り口」を見せ付けた。
「ほらダメでしょう? ちゃんとシッカリ準備が整ったところまで見せないと」
「ああベス、そんな……恥ずかしい……」
 下になった淫魔が天使の恥部を手で広げる。トロリと、中からは僅かに泡だった透明な液体が流れ出てくる。
「うわぁ、ホントにグチョグチョだね。すっごぉい……」
「ピクシーまで……あの、本当に恥ずかしいんです。そんなに見つめないで……」
 恥ずかしがってモジモジと腰を動かすその仕草は、かえって卑猥に見える。なにより言葉とは裏腹に、恥部は見つめられながらもピクピクと蠢いていた。
「ホラホラ、待ちきれないってエンジェルのアソコが動いてる。すっごいエッチぃ」
「ピクシー……止めてそんな言い方……」
 言われて尚蠢く恥部の奥。本当に待ちきれないのだと、蚊帳の外にいる由美にもよく見えていた。
 そして待ちきれないのは、なにも天使やその主ばかりではなかった。
「その前に……ベスだってもう我慢できないんじゃないか?」
 名指しされた淫魔は、その通りだと頬を高揚させながら口元をいやらしく歪めた。
「はい、ご主人様。この通り……私のココも、待ちきれないと泣いております」
 淫魔は片手を天使から放し、その手で自分の恥部を広げ見せた。広がった恥部は天使同様、トロリと涎を垂らしながらヒクヒクと「御馳走」を強請っている。
 淫魔ばかりではない。小さくて見えづらいが、妖精の恥部もグッショリと濡れている。主のモノから離れた妖精は次の「出番」が来るまでその恥部を自分で勇め始めた。
 そしてもう一人、どうしようもなくなった自分を勇めている女性がいた……由美である。夢なのに、ただ夢を見ているだけなのに、由美は自分の身体が疼きソレを抑えきれないでいた。いつの間にか、自分で自分の恥部に手を伸ばし、自慰を始めている……自分が今服を着ているのか裸でいるのか、それすらも自分で確認できないのに、自慰をしているという意識だけはハッキリしていた。目の当たりにしているサバトに興奮し淫らな気持ちに酔いしれている自分を認識しながら……。
「ほらエンジェル、待ちきれないってさ。どうしてやればいいか……判ってるだろ?」
 主の言葉を聞き、天使は更に顔を真っ赤にして下を向く。そこには待ちきれないと強請る当人が天使の言葉を待っていた。
「あっ、あの……わっ、私が……その……ヒィッ!」
 恥ずかしがる天使に業を煮やしたのか、淫魔が再び硬くなった天使のソレをギュッと握った。
「もう、待ちきれないって言ってるでしょう? ほら、ココに入れて……ね? あなただって入れたいのでしょう? 淫魔の気持ちいいオマンコに、天使のチンポ嵌めたいんでしょう?」
 ぷっくりと膨れ硬くなった天使の矛先が、淫魔の入り口の周囲を撫で回す。それだけで、天使はピクリと身体を震わせた。
「は、はい、入れたい……です。ベスの中、気持ちいいベスの中に、入れたいです……」
「エンジェル、もっと具体的に……ちゃんと言わないと、俺のをいれてやらないぞ?」
「そ……えっと……わ、私のオチンチンを、その、ベスのオマ、オマンコにいれ、て……マスターの、オチンチンを……私の、オマンコに……入れてください、入れてください!」
 恥ずかしがり途切れ途切れではあるが、しかし迷うことなく天使は禁忌を強請った。清らかな身であり続けなければならない天の使いは、不浄な行為に酔いしれ溺れることを強請った。そんな事を口にするだけで、天使の羞恥心は強く激しく刺激され体中を火照らせた。
 しかし彼女のマスターはそれだけでは許さなかった。
「入れて入れられて、どうなりたいんだ?」
「き、気持ち良くなりたい……マスターとベスに挟まれて、気持ち良く、気持ち良くなりたいんです! ああマスター、後生ですから……もう、もう! 我慢できません……さ、先に、入れます……ベス、入れますよ? 入れますよ!」
 許可も得ず、天使は暴走気味に口走りながら腰を沈めていった。
「んぁあぁ! も、もうエンジェルってば……ご主人様のお許しもないのに……ん、あっ、こ、腰まで振って、もう、イヤラシイ天使ね、んっ!」
 下から抱きしめながら、淫魔が天使の暴走を咎め自らも腰を振り始めた。
「い、ベ、ベスのなか、きもち、い、いい、ん、あ、ああ!」
「ん、フフ、天使の、淫乱チンポも、いい感じよ、ん、あ、そ、もっと、もっと奥まで、届くでしょ、ね、ん、んん!」
 快楽を求め合う二人の仲魔を、少々苦笑気味に見つめる主。このまま放っておけば自分を置き去りに果ててしまいそうに見えた彼は、天使の腰に両手を沿えた。
「ちょっと待てエンジェル。腰振ったままじゃ俺が入れられないだろ」
「ああ、申し訳ございませんマスター……どうぞ、どうぞマスター専用の淫乱オマンコに、お恵みを……んぁああ! はい、入って、く……るぅぅううう!」
 処女を喪失してからまだ間もない膣の中はとても狭い。それでも中から潤滑油があふれ出し肥大した主のモノをすんなりと迎え入れていた。締め付けるが滑りが良く、絡みつくが容易に動ける天使の膣は、まさに天国の味わいといっても良いだろう。その心地よさは、だらしなく歪んだ男の顔を見るだけでもよく判る。男だけではない。愛する主の恵みを受け入れた天使もまた、故郷へ登り詰めてしまいそうになるほどの快楽を与えられていた。加えて淫魔の誘惑に包まれてもいるのだから、まさに「夢見心地」といったところか。
 夢見心地なのは、由美も同じだった。夢であるはずなのにあまりにも現実的な乱交シーン。それを見ながら自慰をしている自分が信じられない……だが今、自分は淫行の現場を覗き見ながら興奮し、淫欲に溺れた身体を高ぶらせている……そうハッキリと認識していた。
 気持ちよさそうでしょう?
 不意に、由美の耳元……いや、頭の中? まるで「中」から聞こえているような囁き……誰の声だか判らない、だが聞き覚えがあるような……甘くねっとりと絡みつき、ゆっくりととけ込んでいく……そんな女性の声が聞こえてくる。
 気持ちよさそうでしょう? 声が再び由美に問いかけた。
 気持ちよさそう……声に何の疑いも持たず、由美はその声に答えた。
 羨ましい? なおも声が尋ねる。
 羨ましい。躊躇無く、由美は答える。
 して、もらいたい? まるで声が身体の疼きを高ぶらせるような、そんな感覚すら覚える。
 して……もらいたい。由美はその「疼き」を素直に受け入れてしまう。
 あの中に、加わりたい?
 夢の中へ? それとも……声の質問に僅かだけ戸惑いながら、由美は答える。
 加わりたい……私も、みんなに……オジサンに……由美の指がより奥へ、より激しく、止まらない疼きをどうにかしたいもどかしさが、自慰を加速させる。
 だったら……声の誘惑は、とけ込みすぎてもう聞こえない。聞こえないが、由美の心に、その奥に、ずっと何かを訴えかける。由美はただ、湧き上がる淫欲に操られ、自慰に没頭するのみ……。
「ああ、ます、ますたぁ、わら、わらひ、も、い、きもひ、よひゅぎ、て、い、いき、いきっぱなし、い、あ、ん、あぁあ!」
「フフッ、気持ち良すぎておかしくなっちゃった? いいのよ、ん、んぁ! も、もっと、気持ち良く、なって、い、私も、い、気持ちいい、から、ね、いっしょに、どこまでも、い、いきましょ、い、んぁ! 逝く、私も、い、逝きます、ご主人様、エンジェルぅう!」
「俺もそろそろ……ん、チュパ、チュ、ん……くっ、もう……」
「まってよぉ、ね、私も、もうちょっと、だから、ね、タケルぅ! もっと、もっと舐めて、舌で全部舐めてよぉ! 逝くから、私も逝くからぁ!」
 肌がぶつかり肉が擦れ、湿った音が木霊する……そんな乱交を凝視しながら、由美も両手をグショグショにし四人に続こうとしていた。一緒に逝くために……一緒になる為に……。
「ひゃあ、い、いく、いく、でちゃふ、ん、い、はひ、い、いあ、ん、んぁ、あぁぁあああああ!」
「ん、来てる、天使の精液、わた、私も、いっっっっ……だ、出されながら、い、いく、いっくぅぅうううううう!」
「くっ、ん、エンジェル、ベス、俺も、くっ、ん、グチュ、チュ、チュパ、チュパ」
「ひゃう、あ、くち、なか、い、いれちゃい、や、ん、かま、かまれ、い、いく、いっちゃうぅううううう!」
 四人の動きが止まる。由美も実体があるのか判らない背筋を伸ばし、指を止める。あまりの気持ちよさに、頭の中が白く白くぼやけていく……夢を見ながら気を失う……そんなことがあり得るのかどうか判らないが、確かに由美は夢の中で失神し、真っ白になる意識に飲まれながら淫夢に終止符が打たれていった……。

 アレは夢だった……確かに夢だった。そう確信できる現実を今、由美は噛みしめていた。
「……サイアク」
 上半身を起こし、ボサボサの髪を掻きむしりながら由美は呟いた。
 目が醒めたとき、由美は自室にいた。パジャマを着て、布団の中で寝ていた。だからつまり、アレは夢だった……あんな淫夢を見るなんて事自体信じられないが、夢だったのだと確信できたことで少しホッとしている自分がした。どうしてあんな夢を、あれだけリアルに、そして今も鮮明に覚えているものを……見てしまったのか。疑問に感じてはいたが、それを深く追求する気にはなれない。とにかく今はサイアクな目覚めを少しでも解消すべく、シャワーでも浴びようとベッドから出ようとした。
 その時、由美は目覚めた時に感じた以上の、サイアクな状況に置かれていることを知った。
「エッ!」
 下着が肌に張り付く感触……同時に感じるひんやりとした不快感。10年は経験していないこの不快感に、由美は自分を疑った。そして慌てて手を股間に当てる……そこは下着どころかパジャマも、そして布団までグッショリと濡れている現実が待っていた。
「嘘でしょ……もー、サイアク〜!」
 疑いようがない。由美は高校生にもなってオネショをしてしまっていた。いや、厳密に言えばオネショではない……下着を濡らしたのは尿だけではなく、膣液や潮なのだから……どうしてこんな事になったのか、思い当たることはありすぎる。だが今は原因が何だったかを考えている時ではない。
「どうしよう……これ」
 下着やパジャマだけならまだ良い。洗えばすむことだから。しかし布団までとなると……どうすれば良いのか、その処置を思うだけで途方に暮れてしまいそうになる。

 幸いなことに、おかしな夢を見ていたせいか由美は普段よりも早く目覚めていた。その為「処置」に多少時間を掛けることが出来た……もっとも、そのおかしな夢のせいで処置をするハメになったのだが。
「サイアク……」
 由美は教室に入り席に着く成り、机に突っ伏し愚痴をこぼした。起きてから登校するまで、多少時間があったとはいえそう長い時間ではなく……パジャマと下着を洗濯機へ放り込んでドライヤーを自室に持ち込み、裸のままそのドライヤーで布団を乾かしていた。髪だってそうすぐに乾かないのに、濡れた布団がドライヤー1本で簡単に乾くはずもなく、時間をかなり浪費することになった。おかげで朝食もとれず学校まで走っていくハメになったわけで……それでもギリギリ遅刻を免れただけ良かったのだろう。学校を無断欠席するという選択肢もあっただろうに、それを選ばなかったのは慌てていたためか彼女が律儀なだけか……いずれにせよ、どうにか平常を取り戻せたと今は安堵するしかない。少なくとも帰宅するまでは……。
「オハヨ、由美。どうしたの? こんなギリギリになるなんて珍しいね」
 一人の同級生が、うなだれている由美を気にして声を掛けてきた。同級生だから知っている由美の登校……遅刻はしないが、するのならいっそ休む事を選ぶ由美が遅刻ギリギリになって登校してきたのが気になっていた。
「おはよぉ〜、たまきぃ……もうねー、色々あってさー、サイアクなのよぉ……」
 顔の向きだけ横にして、たまきと呼んだ少女を見上げながらけだるく挨拶を返す由美。疲れ切った級友の姿に半分心配し、半分笑いながら、たまきは挨拶を続ける。
「どうしたの? なんか悪い夢でも見た?」
 図星だが……どう答えて良いものか。由美は顔の向きを又逆へ向け、溜息をつく。
「サイアクなのよぉ〜……」
 もう、そうとしか言えなかった。
「アハハ、まあ間に合ったから良いんじゃない? アッ、先生来た」
 教室のドアが開き、担任が入ってくる。たまきは自分の席に戻ったが、由美は起立の号令にも反応することなく突っ伏したままでいた。

 由美のサイアクな気分は、時計の針が二本てっぺんに向けられる頃になっても抜けなかった。
 少しでも気を抜くとすぐに夢のことを思い出してしまい、それを頭から追い出すのに必死だった。授業に集中できれば良かったが、そもそも由美は授業に集中できるタイプではない。特に成績がヒドイ訳ではないが、それはテスト前の成果が実っているだけに過ぎず、普段から授業を真面目に受けているわけではない。そんな由美が周囲に悟られぬようモンモンと過ごした4時間は、それはそれは気が遠くなるほど長く感じたことだろう。
「本当に大丈夫? なんか調子悪そうじゃない?」
 朝も声を掛けてきた級友が、心配そうに由美の元へ尋ねてきた。由美は朝同様、突っ伏したまま彼女を迎える。
「あ〜、ダメかもぉ……」
「熱でもあるの?」
「そーじゃないんだけどねぇ……」
「早退する?」
「それもねぇ……」
 心配する級友に返事はするが、心ここにあらず……すまないとは思っているが、どうしても気力が湧かない由美だった。かといってたまきが言うように早退すれば……結局自室で余計なことを考えるだけだろう。むしろ学校にいた方がまだ気が紛れるはず。溜息一つ吐いて、由美はそう結論づけた。
「そう……ね、お昼どうする?」
「お昼……あっ!」
 言われて気づいたことが二つある。一つは、今昼休みに突入しているということ。もう一つは……
「お弁当……持ってきてないわ」
 もし出来るなら、机に伏せている今の状態から更に下へと突っ伏せないだろうか……由美はそれだけ気落ちしていた。
「アハハ、朝慌てて来てたもんねぇ……なんなら少し分けてあげようか?」
 級友の優しい言葉に、しかし由美は机から起ち上がると丁重に断った。
「大丈夫……なんとかなるから」
 由美には聞こえていた。由美にだけ聞こえていた。校舎の外から彼女を呼ぶ愛犬の声を。

 人気のない校舎裏。幸い、こんな時間にこんな場所に来る人はそういないだろう。もし誰かいれば……学校の敷地内に大きな野良犬が入ってきたと大騒ぎになったはず。大きさはともかく、刺激を求める高校生達の学舎に「犬が入ってきた」というだけでちょっとしたお祭りになる。やれ可愛いだの、やれエサだの、お手だの、男女問わず周囲を取り囲み、犬と何らかのコミュニケーションを取りたがる……そういう年頃なのだ高校生は。
 もっとも、人気がないからとそのまま侵入してくるほど由美の愛犬は愚かではない。彼女は「悪魔」らしく姿を消したまま潜入し、そのまま由美と面会している。姿を消していても由美には見えているから。
「いい年してオネショだなんて……本当にどうしたの?」
 予想通りの小言に耳を塞ぎたかったが、わざわざ来てくれた愛犬にそれを咎めることも出来ず、由美は黙って何十回目になるかも判らない溜息をついた。
「……本当に最近おかしいわよ? ねえ、何かあるなら言って……私達、パートナーでしょう?」
 数ヶ月前なら、飼い主とペットだった関係。だが今の二人はパートナーであり仲魔であり、そして親友だ。由美とパスカルはそんな間柄だ。だからこそ、パスカルは由美の様子がおかしいことに気づき、彼女を気遣うのは当然と言えよう。しかし由美は……これが普通の悩みなら愚痴を聞いて貰ってスッキリしたいところだろう。だがパートナーでも親友でも、さすがに「最近エッチなことばかり考えちゃうの」なんて相談出来ようか? 出来るはずがない。
「大丈夫よ……それより、お弁当持ってきてくれたんでしょう?」
 今は話題をすり替えてやり過ごすことしか、由美には出来なかった。そしてパスカルも、由美をこれ以上問い詰めることは出来なかった。
「ええ……と言っても、私じゃ持ってくるだけが精一杯だから……武の所へ行ってきたわ」
「オジサンのところ?」
 由美は直ぐさま、裸で抱き合う武達のイメージが脳裏に浮かび、それを悟られぬよう必死に追い払った。だが親友を前に誤魔化しきれることもなく……パスカルは武の名に過剰な反応をした由美を見逃さなかった。だからといってまた問い詰めることも出来ず……パスカルは気づかないふりをして話を進めた。
「私じゃ料理は出来ないし、かといって来てくれている「叔母さん」に作ってもらうわけにはいかないでしょう?」
 確かに、犬の姿をしているパスカルが料理をするはずもなく、由美の世話をしに来ている彼女の伯母にパスカルから頼むことも出来ない。となれば、頼れるのはパスカルが悪魔であることを知っている人物で、このようなことを気軽に頼める者……武以外に該当する人物はいないだろう。
「そうだね……でも叔母さん、パスカルがいないって騒がないかな?」
「大丈夫よ、もう帰ったから」
 由美の伯母は「一人で」暮らしている由美を気遣い、身の回りの世話をしてくれている。由美が登校前までに布団を乾かさなければならなかったのは、伯母に知られたくなかったからだ。もっとも普通の家庭なら両親であったり兄弟であったりするのだろうが……由美にはその両親も兄弟も、いなかった。
 パスカルは由美を大事にしてくれる伯母に気遣い、留守にしないよう家で待機していた。そして伯母が掃除などをしに訪れてから一度自宅に戻るまで我慢し、伯母がいなくなったのを見計らって武の事務所まで走った。
「だけどあまり時間がなかったから、結局ミルクホール新世界のメニューを詰めただけなんだけど」
 事情を知った武はベスに弁当を作るよう頼んだが、ベスは作る時間がないと判断し、弁当箱を持ってミルクホール新世界まで駆けつけた。そしてプロが短時間で作った弁当を、パスカルが運んできた……という事のようだ。
「だったらコンビニの弁当でも良かったのに……」
「ダメ。ちゃんとシッカリした物食べないと」
 もっと言えば学食でも購買部のパンでも良いはずだ。それくらいのお金は由美も持っている。それでもわざわざパスカルは由美の健康を気遣い弁当を持ってきたのだ。基本パスカルも由美の伯母も、由美に似て世話焼きなのだ。
「……もう訊かないけど、気落ちしているときこそシッカリ食べて。ね? 由美……」
 パスカルの優しさが身に染みる。心配ばかり掛けて申し訳ないと思う……ただ弁当を届けて貰っただけなのに、涙が出そうになる。由美はありったけの感謝を込めて、深く頷いた。
「それと……」
 由美がパスカルの背にくくりつけられていた弁当入りのバックを受け取る時、何故か躊躇いがちに「伝言」を伝える。
「そのバックに、「薬」が入っていると思うんだけど……」
「薬?」
 パスカルが言う通り、弁当を包むハンカチに挟まれた小さな包み紙があった。どうやら粉薬のようだが、わざわざ薬専用の紙で包んであるところを見ると、市販の薬ではないようだ。
「それ……ベスが由美に飲むようにって……」
「ベスが?」
 何故ベスが? パスカルもだが、由美にも全く心当たりがない。
「無理に飲む必要ないと思うけど……ベスが「飲むと「気が静まる」から」って……」
 気が静まる? 言われてもすぐに何のことか判らなかった由美だが、パスカルの一言でその意味を理解する。
「もしかして媚薬とか……それはないわね。いくら淫魔でも、そんなものをわざわざ私経由で渡すほど間抜けじゃないでしょうし」
 その手の誘惑をするならば、パスカルを経由する危険を冒す必要はないし、なんなら弁当の中に盛ってしまえば良いはず。わざわざ包んで持たせたのだから危険な薬ではないと思うが、まだベスや武を信頼しきれないパスカルは警戒していた。
 果たして由美は……ベスがこの薬が何なのかを理解した。
 気が静まる……つまりこれは、淫欲を「抑える」薬なのだろう。淫魔であるベスは、由美の「変化」に薄々気づいていたのかもしれない。パスカルのように警戒心を持っていない由美は、淫魔の「好意」をそう理解した。今の自分の「症状」を理解できる淫魔が「気が静まる」と言って渡したのだから……間違いないと、由美は確信した。
「大丈夫よ……後でお礼を言いにいかないとね」
 弁当の手配と、この薬のことで。そして……そう、もし相談できる相手がいるとすればベスしかいない。恥ずかしくて相談できないパスカルや武と違い、「そちら専門」のベスならば相談しやすい。パスカルに何も告げず薬だけを渡すよう言付けた気遣いもしているし、彼女ならば悩みを解消してくれるかもしれない……そう思うと、思わず笑みがこぼれてしまう。落ち込んでいた由美が笑うようになったのはパスカルにとって嬉しいことだが、少しだけ、ほんの少しだけ、面白くないと感じてしまうのは仕方のないことだろう。
「ありがとうね、パスカル。それじゃもうあまり時間無いから……」
 いくら人気がないとはいえ、こんな所に「一人で」いたら不審に思われる。実際弁当を食べる時間も考慮すれば長居は無用。由美は一言礼を述べて立ち去ろうとした……その時だった。
「うわぁ、なにそのワンコ!」
 突如大声が。驚き由美達が振り向くと、そこにはまさにこちらへ向かって駆けつける女子生徒の姿が。
「たっ、たまき……」
「どうしたの? そのワンコ。うわ、近くで見ると大きいねぇ」
 そんな大きなワンコを全く怖がることなく頭をなで始める級友に、由美も、なでられている当人も驚いていた。むろん怖がらないことを、ではない……「見えている」という事にだ。
「わ、大人しそう……よしよーし、イイコイイコー……うわぁ、いいなぁこの子。ねぇ由美、どうしたのこの子?」
 どうしたと訊きたいのは由美の方だった……何故パスカルが見える。こんな事にならないようパスカルは姿を消していたはず。なのにたまきにはパスカルが見えている。何故……。
「たまき……あなたまさか……」
「ん? ああ別にまずいなら誰にも言わないよ? 由美のワンコなの?」
 少なくとも、たまきにはパスカルが見えている。だが見えているだけでパスカルが悪魔であることまで感づいてはいない……あるいは、悪魔の存在を知らないのか。それとも判っていてとぼけているのか……いやソレはない。そう長い付き合いではないが、たまきの性格をそれなりに知り得ている由美はそう判断した。
「ええ……コレ、届けてくれたの」
 とにかく今はこの場を誤魔化すしかない。黙ってくれると言うたまきの言葉を信じ、由美は言える範囲で事実をそのまま伝えた。
「え? それってお弁当?」
「うん……コレに入れて、身体に縛り付けてね。この子……パスカルっていうんだけど、ここまで一人で来られるからさ」
 空になったバックを再びパスカルにくくりつけながら、由美は事情を説明する。嘘ではないから演技をする必要はない……しかし隠し事はしている。バレやしないかと内心ドキドキしながら、由美はパスカルの頭を撫でてやった。それに合わせるように、パスカルが由美の顔をペロペロと舐め始めた。
「ああよしよし……良い子でしょう? こーいう場所では吼えないし、ちゃんと一人で帰れるんだ」
「すごぉい……あったまいいんだパスカルちゃん!」
 たまきの言葉に、パスカルは尻尾を振って答えた。ある意味由美よりは演技をしているといえるパスカルだが、由美よりは自然だ。もっとも犬の演技を見極められる人間はそういないだろうが。
「ありがとう、パスカル」
 由美がポンポンとパスカルの軽く頭を叩くと、パスカルは反転し人気のない道を選びながら校舎裏を後にした。
「へぇ……もしかして、いつもこんな事してたの?」
「ん、んん……たまにね。ねえたまき……」
 まずは一段落。だがまだ色々終わったわけではない。由美はたまきに向き直り、真っ直ぐに彼女を見つめた。
「あ、大丈夫。誰にも言わないから。いいなあ由美、私もあんなワンコ欲しいなぁ……」
 由美が念を押すと思ったのだろう。たまきは気を利かせて再度約束した。だが由美が伝えたいことはソレではない。
「違うの……あのねたまき……」
 デビルサマナーなの? 由美はそう実直に尋ねたいところだったが、それは無理だろう。たまきの態度を見る限り、悪魔の存在すら知らないようだが……いずれにせよ、たまきをこのまま放ってはおけない。
「今日、放課後空いてる?」
「え? 部活があるから……その後なら平気だけど」
「ならその後で良いから……ちょっと付き合ってよ」
「あ、大丈夫だよ? ホントに誰にも言わないから……」
 あまりにらしくない由美の態度に、たまきが一歩引いてしまう。確かに自由な校風で知られている軽子坂高校だが、飼い犬を校内へ入れているとなれば問題にもなるだろう。それを知られるのが不味いと由美が必死になっている……たまきにはそう見えていた。しかし由美が必死になっているのは、心配しているたまきの事だ。
 悪魔が見える……自覚が無くても見えている。それは今後、何らかのトラブルに巻き込まれる可能性が高いことを示していた。そんなトラブルに巻き込まれそうな人を見つけ、保護する……由美が武に会う前から受けていた依頼だ。ようやくそんな一人と出逢えたが、むろん嬉しいはずもない。
「そうじゃないの……お願い、部活の後私に付き合って」
「う、うん……いいけど……」
 あまりに必死な由美を不審に思いながらも、たまきは頷くしかなかった。
 その返答が、彼女の今後に大きく関わる返答だとこの時知るはずもなかったが……。


続きへ

戻る