第4話 追調査

 人は老いれば老いるほど、「時間」を短く感じるようになる。時間は誰に対しても平等に、同じだけ同じように流れていくものだが、時の流れから得る感覚が変わってくる。
 一般的に、老いることで時間が短く感じる原因は「経験量」にあるとされている。幼い者は日々が勉強であり、様々な物に好奇心を向け様々な物から学習していく。それだけ刺激が多くなれば一秒でも貴重な時間となり、長く感じるようになる。反対に老いた者は日々の中から学ぶべき物も好奇心をくすぐられる物も少なくなり、何も感じることなく瞬く間に時が流れる。つまりは、時の長さはどれだけのことを記憶できたか、意識したかによって感じ方が変わるという……むろん、所詮は人による感度の話。明確な物差しがあるわけでもなく、あくまで一般的な傾向での話。老いても尚刺激にまみれた生活をしているならば、時は長く感じるはずだ……その「刺激」に善し悪しを問わず。
 20代も半ばという青年は、社会全体から見れば若者に違いない。しかしそんな彼……武も、10代のような好奇心旺盛な時期を過ぎ、平々凡々とした社会生活を過ごしてきた。学生時代の1年間はそれでも短く感じていたが、社会に出てからの1年はもっと短かった。日によって学ぶ教科もその内容も異なっていた学生と、起床から就寝までほぼ毎日が同じように繰り返される社会人とでは、時間の感覚に違いがあって当然だろう。だか武にとって、ここ数日、特にこの一週間はどうだったろうか?
 瀕死のピクシーを見つけ救出した一日目。ガキに襲われ由美達と出会った二日目。百合子によって昏睡状態に陥った二日間を経て、突然デビルサマナーとして探偵業を始めることになった五日目。まだ一週間も過ぎていない……昏睡状態の時期を除けば実質三日。その間に、武は一週間どころか一ヶ月は激動する己が人生をもがいてきたように感じていた。ダラダラと過ぎ去るしかない社会人の時間感覚よりも、遙かに密度の濃い実質三日を武は生きてきた。新たな生活を始めるときは誰でも新鮮な刺激を感じるし、やること覚えることに対して必死に努力する為長い時間を感じるものだろうが、武にとってこの五日間は入学式や入社日前後のばたつきよりも慌ただしい日々だった。これを「充実した日々」と言い換えられるかは微妙なところだが……少なくとも、武にとって今後を決定づけた重要な日々だったのは確かだ。
 そして、これまでの日々と同濃度になるだろう六日目が……柔らかい感触から始まった。
「ん……チュ、クチュ……チュパ、ん……んふ……」
 柔らかい感触は、次第にぬめりとした感触へ……武は自分の唇に暖かな感触があるのに気付きながら目を覚ました。
「おはようございます、武様」
 目を開けると、そこにはベスの微笑み……朝の陽射しにも劣らぬ眩しい笑顔があった。
「……目覚めのキスってのも恥ずかしいシチュエーションだけどさ……」
 まるで新婚夫婦のような、初々しい、気恥ずかしさ漂う起床。ドラマなどでは見かける光景も、体験するとなるとやはり照れるものだ……が、武は照れる暇など無かった。それ以上に指摘すべき事柄があるのだから。
「何をしてるんだよ……君達は」
 ベスの微笑みから、武は視線を彼女よりも奥……顔を僅かに起こし、自分の下半身へと向けていく。
「あ、オハヨータケル」
 雄々しくいきり起つ肉棒。そこにしがみつき先を小さな舌でチロチロと舐めていたピクシーと武は視線を合わせた。良く見れば、ピクシーがしがみつくその根本を白い長手袋をはめたベスの指が握っているのも視界に入る。ピクシーの邪魔にならないよう、その指は肉棒を擦るのではなく握る力を絶妙にコントロールしながら根本近くを揉んでいた。
「武様の朝はいつもこのようにされるとピクシーから伺いましたので、私も参加させていただいております」
 いつもの……と言っても、昏睡していた時期を除けば二度目の朝だ。それをさも日常のように語られた武は、溜息をつく他にするべき事が思いつかなかった。そもそも、ベスの「目覚めのキス」にしたって異様だった……目覚めさせるためとはいえ挨拶程度のキスなのだから、軽く一度唇を相手の頬なり唇なりに接するだけで良いものを、彼女は半開きだった武の唇に舌を潜り込ませ一方的なディープキスを迫っていたのだから。
「これを毎朝やるつもり?」
 ピクシーしかいなかった一度目の朝もそうだったように、武は昨晩二人へ「マグネタイト」をたっぷりと与えていた。いや、搾り取られたと言い直すべきか……悪魔である二人に必要なこととはいえ、もう充分与えたはず。にも関わらず二人はまだ求めてくるのだ。一晩寝ているとは言え、こんな事を毎日繰り返していたら普通なら体力が持たない。仮に体力があってもマグネタイト……精子の貯蔵庫はほぼ空の状態がずっと続く。そうなっては二人の悪魔にとっても困るはずなのだが……それを判っているのかいないのか、躊躇うことなくベスは答える。
「私達はもちろんですが、武様も毎朝……こうして欲しいのでは? それとも、もうここでお止めになりますか?」
 朝フェラは男の夢……とは、ピクシーだけの時にも武は思っていたこと。それを今度は二人がかりで、毎朝行うと宣言される。夢ではなく日常になっていく……それこそ夢のような話である。だが現実問題として……続けられるのか? そう武が疑問に思うのは当然だろう。当然ではあるが……身体は欲望に対して真っ正直すぎる。刺激されれば大きくも硬くもなるし、そうなれば気持ちも高揚もする。そんな状況の中、「今直面している快楽」と「それ以後の不安」のどちらを優先してしまうかなど、尋ねるまでもない。
「ん!? ん……チュ、チュパ……ん、武様……んあ、ん、チュク……」
 黙って武は、ベスの顔を引き寄せ唇を奪う。そして今度は武から深い口吻を求める。目覚めの時と違うのは、ベスが直ぐさまその求めに応じたことだろうか。
 まるで蛇のように絡まり合う舌。グチュグチュと二人の唾液が混ざり合い、甘みと刺激を二人の舌に与え続ける。舌はあらゆる所に絡まり合いながら徘徊し、刺激は舌の裏側やその付け根、あるいは奥、歯茎、口内の上側にまでおよんだ。ゆっくりと、だが大胆に絡まる舌に合わせ、互いの唇は柔らかい感触を求め合い、桃色に染まった吐息が口の隙間や鼻から溢れ相手の顔に優しく吹き付けられる。
「あー、なんか二人していいなぁ……ん、こっちもいっぱいキスしちゃうもんね」
 ベッドの上に横たえている武と、覆い被さるように身を屈めているベスの様子を眺めていたピクシーが嫉妬の声を上げる。だから彼女は、彼女にしかできない口吻を武と交わそうとした。
「エヘへっ、もうこんなに出てる……ん、チュ、チュル……ゴク、ん、美味しいぃ」
 粘りけのある透明な液体。刺激され続けたことで出て来た武のカウパー腺液を、ピクシーは直接鈴口から、まるで食器から直接スープを飲むように唇を濡らし喉を潤わせていった。ピクシーの愛らしい唇と武の尿道口では大きさが異なり、今武とベスがしている接吻と同じようには出来ない。それだからこそ、ピクシーにしかできない「技」というのもある。
「ん、チュ……ん、ふあ、まだ出るね……でもさ、そろそろ白いのも欲しいな……ん、チュ、ベロ……」
 尿道口に顔半分を埋め、内側から舌、唇、頬によって愛撫する。その間も亀頭に胸を押しつけ、腕に力を込め身体を揺すり、足を開いて陰茎に股を擦りつけている。いきり起つ肉棒はその硬さとベスの指による支えもあって、ピクシーの全身愛撫を受けながらも雄々しくそそり立ち続けた。
 まさに先端から根本まで。それも様々に異なる刺激で愛撫され続ける肉棒。膣に入れるのとは全く異なった、ピクシーにしかできない性技。全身全霊を込めた彼女の淫欲と愛情がそこにある。
「ん、ひぅっ! ん、武、様ぁ……ん、チュク、チュ……」
 ピクシーの攻めにますます興奮したのか、それとも武はただされるがままでいるのがもどかしかったのか、ベスとの口吻を続けながらベスの股間へと手を伸ばしていた。
「ん……ベスもすっかり濡らしてるな……」
「と、当然です……ん、チュ、武様と、こうして触れ合えるだけで私は……ん、チュ、チュ……」
 湿った音がもう一つの口から響き始める。ピクシーによってかなり高揚させられている武は、いきなり指を膣内へ挿入させまさぐり始めていた。昨夜まで処女だった女性の膣内は指をギュウギュウと締め付ける。それでも指はくの字に曲がり一点を擦るように激しく動き出す。
「たっ、武様、そこ、そこは……ん、ふぁあ! い、あ、ん、チュ、クチュ……ん、あぁあ!」
 武によって強引に顔を引き寄せられ口吻を強制されながら、ベスは主によって的確に攻められていることを告げた。気を良くしたのか、武の指はその声を聞いてますます激しくなる。
「ベスったらだらしなぁい……ん、チュ、エヘ、でもタケルのだってビクってしてるぅ……ん、チュ、逝きそうでしょ? ね、逝くんでしょ? タケル、ね、逝って、出してよタケルぅ! わ、私も……ん、チュ、クチュ」
 跳ねる肉棒にしがみつきながらも、ピクシーは顔を左右に振り胸を押しつけ、擦りつける腰の動きを激しくさせていく。それをサポートするつもりなのか、それとも別の目的があるのか……揉むようだったベスの指がグッときつく締まり、揺れる肉棒を支える。
「ひっ、い、あ、ん! た、武、さ、まぁ、ん、んぁ! い、逝く、私も、い、逝きま、ん、し、潮、潮、ふいちゃ、い、あ、ん、ぁああああ!」
 武の腕とベッドがびっしょりと濡れ始めると同時に、ベスの指がゆるまる。そして抑えの無くなった肉棒はピクシーにつかまれながらも大きく跳ねた。
「やっ、んっ! ふあ……すっごい出てるぅ。アハッ、体中ベットベトだよぉ」
 尿道口に顔を埋めていたピクシーへ勢いよく射精された白濁液。これこそまさに顔射と言うべきか。顔から浴びせられた精液はピクシーがまだ押しつけている胸やヒクヒクと震える腰、自ら濡らしていた太股へと伝わっていく。
「フフッ、流石ねご主人様……昨日あれだけ出したのに、まだこんなに出るんだ」
 気付けば、ベスの様子が変わっていた。様子だけではない。容姿までまるで別人のように……雪のように白かった肌すら健康的な小麦色へと変貌している。背にはコウモリのような翼、そして細長く先が矢のように尖った尻尾まで生やしている。
「さ、次は私の番よ。ちょっとどいてくれる?」
 緩めた指に再び力を入れながら、ベスはもう一方の手でまだ肉棒にしがみついていたビクシーの首を軽くつまんで持ち上げる。
「ちょっ、ベス! やめてよぉ!」
 あまり丁重とは言い難い扱いに、流石のピクシーも抗議の声を上げた。だがベスはそれを気にする様子は見せず、ジタバタと暴れるピクシーをしげしげと見つめていた。その間、根本を揉んでいた指は激しく上下に動かされている。
「全身精子まみれね……なんだか美味しそう」
「へ? え? ちょっと、ベス? や、なに、ちょっ、やめてぇ!」
 つまみ上げたピクシーをそのまま顔に近づけ、ベスは伸ばした舌をピクシーへ向け、そしてペロリと一舐め、脚から上へと舐め上げた。
「フフッ。ご主人様の精液に、ちょっぴりピクシーの愛液が混ざってるのが隠し味みたいになってて美味しいわ……このまま食べちゃいたい」
「ベス、ちょっと止めてよ、そん、ひぁっ! な、舐めちゃ、い、いや、ん、あぁん!」
 舌先でピクシーを舐めたり突いたりして弄ぶ淫魔。そうしながらも己が主へと伸ばした手は休まることなく、ついには先ほどまでと変わらぬ強固さを取り戻させていた。
「それじゃ、ご主人様のを頂きながらピクシーもいただいちゃうわね」
 自ら主の上に跨り、そして手にしていた肉棒を、それがあるに相応しい場所へと導く。
「んっ! あ……ん、あ、んっ! やだ、ご主人様……ん、そんな、朝からはげし、く、んっ!」
 深く深く膣の奥へと導かれた肉棒はそれを待ち望んでいたか、最奥へと到達すると同時に激しく動き始めた。黙って成り行きを見ていた武が、ベスの腰に両手を添えながら下から腰を突き動かしていた。ベスもそれに合わせ腰を前後にくねらせながら、肉棒を握っていた手をピクシーへ伸ばし、両手で彼女を捕まえる。
「し、舌、そんな、や、んぁあ! へ、へんな、これ、や、ん、あぁあ!」
 骨付きのフライドチキンにむしゃぶりつくかのように、ベスはピクシーを両手で掴みながら顔ごと舌を激しく動かしベロベロと舐めている。ピクシーの全身を濡らしていた精液はとうに全て舐め採られていたが、フライドチキンが骨だけになってもまだ舐め続ける子供のように、ベスはピクシーを舐め回している。
「美味しい、ん、チュ、あ、んっ! こ、こっちも、激しくて、い、ん、あぁあ! ご主人、様ぁ、ん、もっと、もっと激しく、奥、奥まで、つい、突いて、突いてぇ! ん、奥の、奥のお口に、子宮口に、御馳走、白い御馳走、注いで、注いでぇ!」
 舐め回されながら喘ぐ小さな女の子と、激しく腰を振る女性。異様な光景を見上げながら、武の心は腰同様激しく踊っていた。
「くっ……い、いくぞ……」
「い、来て、来て、ご主人様! 奥、奥に注いで、注いで、ん、あっ、い、んん! あ、来てる、ドクドク、あ、わた、私も、い、射精されながらいっ、いっちゃ……ん、あぁああ!」
 残らず搾り取ろうと、膣が肉棒をきつく締め上げる。激しく背を反らせるベスにつかまれていたピクシーも、ビクビクと身体を震わせていた。
「ハァ、ハァ……ん、ご馳走様……でした、ご主人様ぁ……」
 精液もマグネタイトも、淫魔にとっては食事。最高のブレックファーストを御馳走してくれた主に、仕える仲魔が礼を述べた。
「それはどうも……で、俺の朝食はどうすんのかな?」
 まだ着替えはおろかベッドから起き上がってもいなかった武が、従者に尋ねた。
「既に用意は出来ております、武様」
 まるで何事もなかったかのように、また淑女へと姿を変えたベス。恭しく主に向け頭を垂れた後、朝食の準備が整っていることを告げた。
「お着替えが済みましたら、キッチンへどうぞ。では失礼いたします」
 再び頭を下げると、ベスは静かに退室していく。最後だけ彼女の様子を見れば、ただ仕える主を起こしてすぐに部屋を出て行ったかのようにすら見えてしまうが、先ほどまでいかに激しい乱交が行われていたのかは……残された一人の女性が物語っていた。
「ひょ、これしゅごしゅぎへ……もふ、らめぇ……」
 唾液まみれのまま身体をひくつかせ、失神寸前のピクシー。ろれつが回らないなりに、全身愛撫の激しさを物語った。
「……このまま「腹上死」とか勘弁してくれよ?」
 苦笑いを浮かべながら、自分の腹の上でのびているピクシーを優しく撫でてやる武だった。

「お口に合いますでしょうか?」
 不安を顔と言葉に滲ませながら、手料理を味わう主に尋ねるベス。箸を休めることなく動かし続ける武を見ればその答えも判るというものだが、聞かずにはいられないのだろう。
「美味いよマジで。いや、なんか久しぶりだよこんなまともな朝食……それも和食なんてさ」
 ご飯に味噌汁。そして海苔と生卵と焼き鮭。ここに納豆も加わったら典型的な朝定食のメニューだが、全てベスの手料理だ。
「正直さ、ん……パク、ん、こんな事まで出来るとは思わなかったよ」
 自称だけでも武のパートナーを名乗ることはある。ベスは仲魔としてだけでなく、武のあらゆる生活面をサポートするだけの知識と腕がある。姿だけ淑女になった淫魔ではない証がここにあった。
「良かった……あの、和食でよろしかったでしょうか?」
「もちろん。俺は米派だから」
 なにより、ベスは武の好みに精通していた。どこでその情報を得たのか……その経緯は不明だが、武の望むことを先んじて整える有能さを発揮する、それだけに充分な情報は得ているようだ。それをベス本人も自負してはいたが、それでも本人に明確な答えを「見る」まで不安はあった。答えは言葉だけでなく、勢いよく進む箸と彼の笑顔が全てとなっている。
「ベスも食べなよ」
「はい、ではいただきます」
 武に促され、ベスも箸を手に取り自ら作った料理を口に運ぶ。本来彼女の「食事」は先ほど充分に「いただいて」いるのだが、自分用にも朝食を用意し武と同じテーブルに着いている。必要ないとはいえ、武だけがテーブルに座り朝食をとるのも味気ない……と武が感じるだろう事を、ベスは理解していた。一人で食べるよりはみんなで。食事はそれだけでまた美味しくなるのをベスは心得ていたから。
「なんかすっごい食べるね……そんなにお腹空いてたの?」
 朝食とは思えない勢いで食べ続ける武に、専用の小さなストローでミルクを飲んでいたピクシーが尋ねた。
「そらな……あれだけ激しくされた後なら腹も減るだろ」
 苦笑いと共に答える武を見て、思わずベスが手を口元に添えながらクスリと微笑んでしまう。
「にしてもなぁ……いや自分の事ながら、よくもまぁあんだけ……」
 食事中だからか、直接的な表現を避ける武だが、言わんとしていることは二人の女性に伝わっている。二人とも武の言葉に苦笑いとも微笑とも言い難い笑みを浮かべる。
「それは……詳しくは存じませんが、百合子様のおかげかと……」
「……俺何されたの?」
 記憶のない、百合子との直接面談。後に二日も寝込む事態になったあの時のことを……不思議とあまり不安には感じていなかった武。だが流石に、あの時のことを話題にされれば武だって気にはなる。自分のことならだから当然といえば当然で、むしろ今まであまり気にとめていなかった方がおかしい……知らなかったことを知識として植え付けられる、そんなことまでされているのにだ。そう思い始めると、急に武は不安を大きく感じ始めた。
「百合子様の言葉をそのままお伝えするなら、「底上げ」をされているとか」
「底上げ?」
 一度唇を拭き、ベスは真面目な顔で改めて武に向き直ると求められている答えを口にし始めた。
「武様は性欲によるマグネタイトの摂取を行っておられます。それをご存じだった百合子様は、その助けになるためと……方法までは存じませんが、武様の精力を精神、肉体共に強化されたようです」
 どうやって? という疑問は当然沸き起こるが、訊いても判らないと答えるだろう事を予測し、武は黙ってしまう。その沈黙が気まずかったのか、ベスが少し慌てて言葉を続けた。
「あの、武様に害はないはずです。百合子様はそれを望むはずもありませんし」
 フォローのつもりだったのだろうが、ベスの言葉を聞いて武はまた疑問が一つ浮かび上げてしまった。
 何故百合子はそこまでするのだろうか?
 当然の疑問だ。そもそも百合子は武の何を知ってるのか? 武のために職や住居を用意し肉体強化まで行う……何が目的なのだろうか?
「……私がこのようなことを申し上げるのはおかしな事と思いますが……」
 武の疑問と不安を察したベスが、主を真っ直ぐ見つめながら語る。
「今は百合子様を信じてください。けして、武様の害にはならないはずです。あの方の意図は私にもつかめませんが、悪いようにはなさらないはずです。それだけはこのベスに免じて信じては貰えないでしょうか?」
 必死の訴えに、武は一度溜息を吐き出して頷く。
「まあ……な。どっちにしても、もう動き出してることだし……なるように、なれ……かな」
 利用されているのだとしても、それはそれで……もう信じるしか道はない。その道を歩み始めているのだから。武は激動の五日間を目まぐるしく過ごしながら、こんな状況下に置かれながらもどうにかキモを据えられるだけの度胸を身につけていた。
 武の言葉に安堵しながら……しかしベスは一人、飲み込んだ言葉を心中で繰り返した。
 それでも百合子は武の味方とは言い切れない。あくまで彼女は武を利用しているに過ぎない……彼女は自分の欲望に忠実だから。
 百合子をよく知るベスは、直接百合子から伝えられなくとも、彼女が何を考えているか……企みの全ては判らなくとも、思考の方向性だけは読み取っていた。善意で武の世話を焼いているのではなく、あくまで自信の欲望を満たす「道具」として武を利用している……その意図くらい、ベスは掴んでいる。それをバカ正直に武へ伝えたところで、何の得にもならない……むしろただ武を不用意に惑わせるだけ。それを十分理解しているからこそ、ベスは自分の知る真相を飲み込んだのだ。
 だからこそ……ベスは新たに誓う。どんなことがあっても自分は愛する主を守り通すのだと。信じろと伝えた百合子が武を裏切るようなことはないと信じたいが、そんなことになっても……武を守る。例えこの身が犠牲になったとしても……。
「さて、とっとと食事をすませようか」
「そうですわね」
 再び動き出す二人の箸。一方の箸は伝えられた言葉を信じて軽くなり、一方の箸は伝えなかった言葉を飲み込んで重くなっていた。

 新たな職に就いた武ではあるが、今現在片付けるべき依頼は一件もない。そもそも探偵業は昨日開業したばかりであるし、元々宣伝などもしていない……しかも悪魔相手のトラブル専用となれば、そう易々と依頼が来るとは思えない。そもそも表に探偵事務所の看板は掲げていないのだから、依頼人がこの事務所へ飛び込んでくることもないのだ。そこで武は、正式な依頼ではないが百合子より調べるよう伝えられている「急増しているデビルサマナー」の問題を少しでも調べようと腰を上げていた。とはいえ明確な当てがあるわけでもなく、どうしたものかと悩んでいた。
 とりあえずは自分が判ることから……そうベスにアドバイスされた武は、直接自分に関わったあのデビルサマナー……自分で使役していたガキに食い殺されたあのサマナーの足取りでも調べようかと、襲われた川沿いの土手道へ足を向けていた。男の名前すら知らない武だが、襲われた場所からハローワークへ、自分がつけられていた道を逆に辿れば何かつかめるかもしれない……何もしないよりはマシという程度のことだが、他にすべきことも見つからない今、調べられるのはこんなことくらいだった。
「ねぇ……誰かいるよ?」
 現場へ向かう三人の目に、人影が映る。その人影……遠目からは男性のように見えるその者は、ポスッポスッと帽子のような物をリズミカルに軽く叩きながら足下を見下ろし、考え事をしているように見える。道の往来で何をしているのかと少しは気になるが、しかしこれといって不審というわけでもない……が、武は思わず顔を引きつらせていた。人影が立っている場所は……まさにあの現場なのだから。
 大量に残っていたはずの血痕は綺麗サッパリ無くなってはいるが、周囲の風景からそこがあの現場であることはほぼ間違いなさそうだ。そんな場所で足元を見ながら考え事……あの事件を知る者か、あるいは何か関わっている者でなければ、こんなところで地べたを見下ろし、ましてや長いこと考え込むことはないだろう。一体誰なのか……近づきつつあるその人物に、武は全く見覚えがなかった。
 さてどうしたものか……対処方法を模索しながらも、ほぼ無策のまま距離が縮まっていく。人影はやはり男だった……近づきつつあるその男の様子が、明確になっていく。牛革なのだろうか、茶系統ながら微妙に色の異なる牛革をまるで大きな鱗のように繋いだ上着を着ている。色は地味なのに目立つ服装だ。持っている帽子はテンガロンハットのようだが、これをかぶれば更に目立つだろう。またたすきがけに白いカバンをさげているのも含め、少々、いやかなり独特なファッションセンスの持ち主ではあるようだ。だがセンスが悪いとは言えない。なぜならば、後ろへ流した長髪や鼻の下だけ生やした髭なども含めた彼の「独特な雰囲気」がそのセンス全てを物語っているから。
 少なくとも……怪しい人物であることは確かだ。無理に関わらない方が得策、というより無難だろう。彼が何者でこんなところで何をしているのか気にはなるが、ここはそのまま通り過ぎるべきだろう……そう心に決め、武は彼の横を通り過ぎるため道の端へ少しより始めた、その時だった。
「ああ……あんた。ちょっといいかな?」
 人の接近に気付いたためか、見下ろしていた男の顔が武の方へ向き、そして武を呼び止めた。
「……なんですか?」
 声を掛けられた……それだけで飛び上がるほどに驚いた武だったが、そんな反応を示せば怪しまれるのは当然。努めて平静を装いながら、武は男の呼びかけに答える。男はといえば、武のように相手を疑っていたわけでもなく、ただの通行人に声を掛けただけなのだから、武の不審な点に気付くことはなかった。
「この辺りでね……殺人事件があったの、知ってる?」
「殺人事件?」
 あまりにも直球……当事者である武にとってはど真ん中ストレートな質問に、思わず声を裏返してしまう武。その反応はある意味、当然のものだ。「殺人事件」などという単語が飛び出せば、武ほどではないにしても質問者に対し眉をひそめる反応は示すだろう。だが……第三者から見ればそう違いのない反応かもしれないが、「はぁ? 何言ってんの?」という反応と、「何でそれを知っている!」という反応では、天地ほどの違いがある。内心が変われば自ずとそれが表にも出てしまうもの……男の表情は、武の反応が何処かおかしいと怪しんでいることを物語った。
 武は焦っていた。なんでこの男は「あの事件」を知っている? そもそも、ここで殺人事件があったことを知るものは……当事者の武や由美、そして彼らを助ける百合子といった極々一部の者だけである。人が一人行方不明になってはいるが、それですらニュースにもなっていない。殺人事件なら騒がれもするが、物的証拠のほとんどが食われて残っていない状況で、殺人事件が起こっていたことを知り得ることは出来ないはず……念のため新聞やTV、ネットといったあらゆるニュース素材を調べ、「あの事件」が報道されていないことを確認していた武にとって、男の質問は驚愕に値する。
「やはり……あれはそうだったみたいですね」
 武の焦りを感じてか、ベスが後ろから武の袖を軽く引きながら「演技」を始めた。
「何か知ってるのかい? お二人さん」
 男の目には映らないピクシーを除いた武とベスに、口元をつり上げながら男が尋ねてきた。
「あの……アレのことですよね? ここに凄く沢山の血が……」
「ああ、うん……あれ、やっぱり殺人事件だったんだ……」
 ベスの機転に気付き、武がそれにあわせる。そのやり取りは自然に……少なくとも男からはそう見えたのだろう。少し残念そうな、だがまだ興味ありげに二人を見つめる男。疑いはまだ晴れないが、このまま誤魔化し続けられそうな、そんな雰囲気になりつつある流れに、武は心中で胸をなで下ろした。
 大量の血痕が残った……ほとんどの証拠が食われて無くなっていたが、道に染みこんだ血痕だけは残っていた。その事がずっと気がかりだった武は、アレは大丈夫だったのかと昨夜ベッドの上でベスに尋ねていた。ベスは武の不安に対して腰を振りながら、百合子の手によって証拠の一切が消されているのを伝え安心させていた。それでも……武達が逃げるようにして現場を去ってから百合子の手が入るまでの間、あの血痕は残ったまま。それを目撃した者がいても不思議ではない。ベスはそんな目撃者の一人になりすますことを思いつき演技を始めたが、上手く武がそれに乗ることが出来た。
「なるほどね……おたくらも「アレ」を見たのか……」
 ボスッ、ボスッと、帽子を叩きながら思案を始める男。二人は男の出方をうかがいながら、彼の言葉を待った。
「それで……何か知ってる? おたくら。見たところ、よくこの辺りに来ているみたいだけどさ」
 予想はしていたが、探りを入れられ武はまた動揺する。さてどう返答して良いものか……一度かわした疑いの目を反らせ続けるにはどうすべきか……武がその答えを導き出す前に、ベスが行動に移していた。
「あの、殺人事件……なんですか?」
 質問を質問で返す。相手はまだこちらが当事者だとは気付いていない。ならば、それを利用して情報を出来る限り引き出す方が得策だとベスは判断した。間違いなく、武よりもベスの方が探偵向きだろう。
「んー……公には何の発表もないね」
 戻ってきた質問に苦笑いを浮かべながら、男は答えた。男としても自分が知らない情報が欲しいわけで、その為に近づいてきた「カップル」に声を掛けたのだから、情報を引き出すための「呼び水」としてこちらの情報を提供するのは自然な流れだ。
「だけど見たなら判るだろう? 相当量の血痕があったそうじゃないか……」
 あったそうじゃないか? 男の言葉に引っかかるものを感じた武。だがとりあえず、武は男の言葉を聞き続けた。
「量からして、ただの事故って感じじゃないだろう……それにさ、無いんだよね……事故があったって記録も、それにほら、ご覧の通り……まったく血痕が残ってない」
 両手を軽く広げ、周囲に何もないことをアピールする男。そしておどけたように、首をかしげながら尋ねた。
「おかしいと思わない?」
 仕草こそおどけていたが、不敵な笑みも含め、男は「次はそちらの番だ」と無言の圧力を掛け、カップルの反応を待っている。
 さて、どう答えるべきか……ベスの機転に乗った武だったが、少々勇み足だったかもしれない。血痕があったことを知っていると言ってしまった以上、誤魔化し続けることは出来ても男の追求からはもう逃れられないだろう。何も知らないと言えば素通りできたかもしれない……が、それももう遅い。いや、ベスの機転がなければもっと悪い状況に追い込まれていたかもしれず、そちらの方が可能性としては大きかっただろう。彼女の選択に誤りはなかったが、再び窮地に追いやられているのも間違いない。
「……誰なんです? あなた」
 再び質問で、今度は武の口から返す。引っかかっていた言葉が武の中で大きくなり、疑念が眉間にしわを寄せさせていた。
 どう見ても、警察官には見えない。一昔前、いや二昔前の刑事ドラマなら、カウボーイとでもあだ名を付けられたこんな格好の刑事も出て来そうだが、武の常識範囲が世間のそれと大差ないならば、現実にこんな刑事はいないだろう。だが明らかに、この男はここにあった血痕に興味を示しており、それを探っている。しかも……彼はその血痕を直接見てはいない。それは彼の「あったそうじゃないか」という言葉から推察できる。
 何のために血痕の調査をしている? その気がかりが武の態度と言葉に直接現れてしまったが……この反応、当事者でなくとも似たようなものだったろう。気味の悪い現場について尋ねられたら、やはり誰だって気味が悪いと思うし、それを尋ねてくる人物を怪しむだろう。どこまで武が計算していたかは定かではないが、彼の反応に不審な点はなく、また「選択」としてはほぼ正解に等しかったかもしれない。
「ああ、悪いね……俺、こういうのやってんのよ」
 上着のポケットに手を入れ、男が取り出したのは名刺の束。無造作に入れられていたのだろう、数枚は汚く折れ曲がっている。その中から比較的綺麗な名刺を二枚選び出し、一枚ずつ武達に手渡した。
「月刊妖(あやかし)編集部……ああ、あの雑誌ですか」
「おっ、うちの本を知ってるんだ」
 元本屋の店員だった武は、内容こそ詳しく知らなくとも店に並べていた雑誌にどんな物があったのかくらいは把握していた。そんな彼の知識には、一冊だけ入庫され棚へ並べていた怪しい本のタイトルがしっかりと残っていた。名刺にはその雑誌名と、そして「聖丈二(ひじり じょうじ)」という名前が記されていた。
「名前だけは……確かオカルト雑誌でしたよね?」
「まあね。そんなわけで……な、判るだろ?」
 明らかにオカルトチックな現象が起きたこの場所へ取材に来た……聖はそこまで言葉にしなかったが、名刺に書かれた雑誌の名前を見れば武にだってニュアンスで理解できる。大量の血痕が突然跡形もなく消えた……確かにオカルト雑誌なら飛びつきそうなネタだ。
「正直さ、ガセかなとも思ってたところなんだよ。うちの編集部に飛び込んでくるネタなんて、ほとんどがガセだからね」
 仮にガセだとしても、その噂を元に記事を書く。それがオカルト雑誌なのだろう。本当にそうなのかどうかは武に判断できるものではなかったが、イメージとして、そんなこともあるだろうという想像はつく。
「だけど目撃者に直接会えた……俺はついてるね。悪いんだけどさ、もうちょっと詳しく話、聞かせてくれない?」
 これは最悪の事態だ。瞬時に武はそう悟った。聖は武達が当事者であると疑っているわけではないが、記事を書くために目撃者から様々な情報を引き出そうとするだろう。その際ボロが少しでも出ればそこを徹底的に問い詰めてくるはずだ。オカルト雑誌の編集者がどこまでインタビュー慣れしているのかは未知数だが、プロを相手に誤魔化しきれるのか、武に自信はなかった。
 そして幸か不幸か、事態はまたあらぬ方向へと動き出した。
「あ、ねえあなた達ちょっと話……キャア!」
 声に驚き武とベスが振り返ると、派手に道の真ん中へ突っ伏している女性の姿が見えた。
「だっ、大丈夫ですか?」
「お怪我はありませんか?」
 こちらへ走り込んできたのだろうか? 派手に転んだ女性に武とベスが手を差し伸べる。位置的に一番近かったベスの手を取りながら、女性は苦笑いを浮かべながらスカートの裾を払い起ち上がる。
「誰かと思えば……タヱちゃんか。相変わらずそそっかしいね」
「ちょっと、私をその名前で呼ばないで……って、聖さんじゃない。あなたもここへ来てたのね」
 のぞき込むように女性を見つめていた聖が声を掛け、即座に女性が反応を示した。どうやら知り合い同士のようだが……転んだ際にも手放さなかったメモ帳とペンを見れば、聖と同業者でもあるようだ。
 更なる災厄が降りかかるのか? 記者を二人前にして、武の顔が思わず強張ってしまう。それに気付いた女性は武の心中を彼の思惑とは違う方向で察した。
「ああごめんなさいね……私、こういう者です」
 勝手に知り合い同士が話し始め武が気まずく感じている……そう誤解した女性は、ポケットから質素ながら女性らしい薄ピンクの名刺入れを取り出し、そして中からケース入れとは異なった硬い印象を与える縦書きの名刺をとりだし、各々……武だけでなく聖にも手渡していった。
「おいおい、これで何枚目だよ。会う度に渡されてもなぁ」
「あなたがちゃんと「葵鳥(きちょう)」って呼んでくれるまで、何枚だって渡すわよ」
 彼女が言うとおり、名刺には葵鳥……朝倉葵鳥の名が記されている。聖からは「タヱ」と呼ばれていたことからもおそらくはペンネームなのだろうが、それにしては難しい字を使う。読者が見てすぐに読めるのか疑わしく、名前の響きも……葵鳥にしてもタヱにしても時代錯誤なイメージを受ける。良く見れば時代錯誤なのは名前だけではなく、その容姿も少しずれていた。頭部を深く覆う丸みを帯びた帽子、そして帽子と同色の薄紫に染められたワンピース。ワンピースはともかく、特に帽子が今時の流行からは逸脱したデザインで、昭和初期、あるいは大正時代の「モガ」を思わせる。だが彼女もまたその服装が似合っていないわけではなく、オールドファッションを無難に着こなしている印象を与えていた。聖の服装が独特であることと比べたら、朝倉のファッションは「働く女性」としてスーツとは違う清潔感を与える服装といえるだろう。
「帝都新報……新聞記者さんなんですか」
 名刺に書かれていた肩書きを見て、武が尋ねる。聖に対しすねた態度をとっていた朝倉は一変、ニッコリと微笑みながら武に向き直る。
「ええ。帝都新報の朝倉葵鳥です、よろしく」
 差し出された手を素直にとり、武はどうにか笑顔を作り出した。戸惑う武とは対照的に、朝倉の笑顔と握手はシッカリと、それでいて暖かみのあるものだった。
「それで……ここに聖さんがいるって事は、噂があるのは本当だったようね」
 その言葉から、朝倉も血痕の噂を聞きつけてここへ来たことが伺える。そしてそれは、武を更に追い込む結果へと繋がっていった。
「それがさぁ、どうやらガセだったみたいでね。今この二人からその話を聞いてたんだよ」
 ところが、聖がその繋がりを断ち切ろうとした。情報を独り占めしようと思ったのだろう。しかし聖の浅はかな計画はアッサリと見抜かれる。
「ふぅん……聖さんがそう言うって事は、ガセじゃなかったのね。ねえお二人さん。悪いんだけど、私にも詳しく話を聞かせてくれない?」
 もはや逃げ場はない。武の焦りを記者二人がどれだけ気付いているのか見当もつかないが、さてどうすべきか……とりあえず時間が欲しい。対策を練る時間が武には欲しかった。
「あの……こんなところで立ち話も何ですから、どこか落ち着ける場所へ移動いたしませんか?」
 武の焦りを察していたベスが、記者二人に提案した。逃げ場がないならせめて場所を変えて……移動することでその間対策を練る時間が稼げるし、追い込まれているという焦りを沈めることも出来る。ベスの提案に武は顔を綻ばせ、的確なフォローに対する感謝を無言で示した。
「そうね……だったら良い店があるからそこへ行かない? もちろん経費は聖さん持ちで」
「うちの編集部がまともな取材費を払うと思ってるのか?」
「あら、誰もそちらの編集部からなんて言ってないわよ? 聖さんが個人的に払えば良いのよ」
 当然でしょ? と笑顔で無理強いし、朝倉は先へ歩き出した。
「ったく、同業者をなんだと思ってやがる……ああ悪いねお二人さん。時間あるなら、もうちょっと付き合ってくれよ」
 手にしていた帽子をかぶり直し、到底記者には見えない男がオールドファッションの女性を追いかける。
「……行きましょうか、武様」
「ああ……」
 もしかしたら、事態は好転したのかもしれない……目まぐるしく変わる自分の立場に酔いそうになりながら、武はシッカリした足取りで記者の後に続いた。


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