第2話 別世界

 人の環境適応能力は、意外と高い。むろん人それぞれだろうが、少なくとも武の場合は高い方だろう。突然本物の妖精を発見したときも、慌てはしたがその妖精を救助するため直ぐさま行動に移し、妖精が求めるままに「マグネタイト」とその妖精が呼ぶ物質を体内から射出し与えていた。そのマグネタイトは精液の中に含まれていると言われたために、武はそれを射出、つまり射精することとなったのだが……そんな経緯を考えると環境適応がどうという以前に、彼が単純に流されやすい性格であり、そして思考の基準が性的なことに偏っているというだけなのかもしれない。だが彼の判断と行動が妖精を救い、そして彼と妖精の運命を大きく揺るがしたことだけは確かだ。
 環境適応が高いとしても流されやすい性格だとしても単にいやらしいだけの男だとしても、時は彼の性格とは関係なく平然と流れ進む。彼が妖精との共同生活を始めて三日目の朝を迎えたが、小さな異種族と共に暮らすという非常識をすっかり受け入れている武は、やはり環境適応能力が高いと言えるだろう。それは言い換えれば「慣れ」という感覚がもたらす順応でもある。
「……いやさ、ある意味男の夢だよ? だけどさ……」
 とはいえ、まだ出会って間もない二人だ。お互いの生活習慣にはまだ差異がある。自由奔放なピクシーはそんなことを気にもとめていないようだが、彼女に振り回される武にしてみれば、朝から驚かされることばかりだ。
「ふえ? ん、チュ……何が?」
 溜息混じりの囁きを背に受け、ピクシーは大好物を抱えながらも背後を振り返った。
「これが、だよ……はぁ、ちょっとは慣れたと思ってたけどね……」
 これ、と彼が言うのは、今ピクシーがしている行為を差す。ピクシーがしていることとは、彼女の大好物……武の精液を搾り取るために彼の陰茎に抱きつき彼の鈴口に接吻を続けるこの行為、すなわち「朝フェラ」である。
「ダメ? タケルってば寝てる癖に朝からここおっきくしてるから、てっきり「その気」なんだと思ってたんだけど?」
「いやこれは生理現象……って言ってもわかんないよね」
 男にとっての常識は時として女性にとっての神秘。更に相手が人間ではないとくれば、男の「事情」を知っているはずもない。だが男の状況を見て女性が「いやらしい」と勘違いするのは種族を問わないらしい。もっとも大抵の女性は男の生理現象を知っていても知らなくても、朝から「こんなこと」をすることはないのだが……だからこその、「男の夢」でもある。どこにでもある「ありがち」なシチュエーションではあるが、しかしこれを実現できる男はそう多くはない。だからこその夢なのだ。
「ダメなら止めるけど? 昨日もたっぷり貰ったし……辛いなら無理しないよ?」
 ピクシーが言うとおり、武は昨日もピクシーへマグネタイト、つまりは精液をたっぷりと与えていた。その回数はもう二人とも覚えていないが、やりすぎて武の陰茎が激しく痛み出すまでは続けていた。そこまで続けていたのだから、ピクシーにしてみればマグネタイトは充分にいただいている。助けられた時のような死活問題になっているわけでもないのだから、今無理に搾り取る必要もない。ピクシーは昨日の経験によって武の射精に「限度」があるのを学んでいる。だから無理にはしないと告げたのだ。朝から大きくなった陰茎に飛びつく淫乱さを持ちながらも、相手を労る優しさくらいはピクシーにもある。
「いや、ここまでされて止められる方が辛いよ……ピクシーだってそうだろ?」
 人の体力は回復する。睡眠を取れば尚更。昨日陰茎が激しく痛むほど射精したにもかかわらず、その痛みは既に無い。また回復するのは肉体面だけではなく、精神面にも言えること……武の鼓動は目覚まし時計よりも激しくなり、感情に実直な彼の息子は誰よりも張り切って大きく硬く目覚めている。一睡しただけでここまで回復できるのは若さ故なのか、彼の性欲なのか……おそらくはそのどちらでもあるのだろう。
「ホント? やったぁ! それじゃもっと舐めてあげるね……ん、チュ、ベロ、チュパ、チュ……」
 生理現象として起っていた陰茎は既にそれを通り越し「自立」している。カリの付け根を絹の手袋を嵌めた小さな手でサワサワと刺激され、カリの縁は手袋と同じ絹地に包まれた胸で左右にスリスリと刺激される。そして亀頭は小さな唇に何度もキスをされ舌で舐められ、頂点の鈴口付近をチュクチュクと刺激される。また彼女は意識していないだろうが、絹地のニーソックスも陰茎を側面からくすぐり、また足は陰茎の根本を踏みつけ程良い圧迫を与えている。これもまた、武を性的に興奮させていた。
 全ての刺激はとても小さな物だ。ピクシーの身体から考えれば当然なのだが、しかし小さいが故に性的な感度は極端に上がる。特にカリの付け根、ここへの刺激は武が背筋を伸ばしてしまうほど。自分の指では大きすぎて溝の奥までシッカリ刺激を与えられないのだが、ピクシーの腕ならば奥まで、それもまんべんなく圧迫と摩擦の快感を陰茎に与えられる。
「ふふん、タケルってば朝からやらしぃ。ホント気持ちよさそうな顔してるよねぇ」
 チラリと後ろを振り返り、ピクシーは満足げに微笑んだ。
 元々は自分がマグネタイトを得たいから覚えた前戯。しかし性に目覚めた今のピクシーは単に空腹を満たすためだけにこのようなことをしているわけではない。武を感じさせる。その時に見られる武の顔を彼女は好きになっていた。自分が舌を出し腕を動かし胸を擦りつけるその分だけ、武は性的な反応を示した。その様子を見ることでピクシーは陰部の奥からキュンと伝わる興奮を全身に巡らせてしまう。
 もっと感じさせたい。もっと感じて欲しい。胸の奥から膣の奥から、ピクシーは欲情していく。武への性的奉仕を続けることで自身の性的欲求を満たし、そして胸を高鳴らせ膣を濡らしていく。
「ピクシーだってもう濡らしてるだろ。小さくたってよく見えてるぞ」
 フリフリと揺れる愛らしい尻。その先が僅かにテラテラと濡れているのを武は見逃さない。見逃すはずがない。陰茎に奉仕しながら興奮し感じているピクシーを見るのが、武にとって陰茎への刺激同様に彼を興奮させていた。そして陰茎がムクムクと大きくなると同様に、彼の中でムクムクと「お返し」をしてやりたいという気持ちが芽生えてくる。
「ほら、もうちょっと足開いてよ」
「チュ、ん……タケルぅ、「アレ」してくれるのぉ?」
 言われたとおりに足を広げながら、ピクシーは武に尋ねる。振り返った彼女の顔は、期待と淫猥に満ちあふれていた。
「もちろん。ほら……「これ」も欲しかったんだよな?」
「んぁあ! ん、これ、これぇ! ん、ふあ、いい、気持ちいいよタケルぅ!」
 武が取り出したのは綿棒。彼は綿棒の先をピクシーの股の下に挟ませ、そして綿棒を前後に動かしピクシーの股間を擦っていく。ほんの僅かしか聞こえないが、間違いなくチュクチュクと湿った音が股間から伝わってきた。
「すっかりいやらしくなったよなピクシーも。元から妖精じゃなくて淫魔だったんじゃないの?」
「ん、こ、こんなにいやらしくなったの、たっ、タケルのせいじゃない、ん、あぁあ! これ、気持ち良くて、ん、こんなの、ぜんぜん、しら、知らなかったからぁ、ん、ふぁっ! い、タケル、もっと、もっとぉ!」
 自分から射精を促す為に武の陰茎に飛びついた事など、ピクシーはまるで覚えていないかのように責任を押しつける。本当に覚えていないかもしれないが、少なくとも彼女は自分がいやらしくなった責任を押しつけることはしても、それを後悔することも恥じることもない。むしろ性に目覚めさせてくれた武に感謝をしているくらいだ。
「ほら、ちゃんと俺のも気持ち良くしてくれよ。そうしたら入れてやるから」
 どこへ入れるのか……そんなことは言わずもがな。ピクシーは「入れる」と聞いただけで、膣の奥がキュンと高鳴るのを感じた。
「ん、わかった、入れて、入れてね、私も頑張るから……チュク、チュ、ん、ふぁ! ん、あ、い、そこ、ん、チュパ、ベロ、チュ……」
 自ら腰を振りながら、ピクシーは陰茎への奉仕を再開する。だが股間を刺激されながらでは先ほどまでのように上手くは奉仕できない。
「フフッ、ん! 入れて、くれるように……んっ、ここ、ここに、私も入れちゃうよぉ……ね、どう?」
「くっ!」
 通常ならあり得ない刺激に、武は一瞬顔を歪めた。鈴口の中、尿道の内部にピクシーの指が入り込んできたのだ。何かが入り込むことを想定していない肉穴はとても敏感にピクシーの指を感知し、僅かな刺激でもビリビリと武を感じさせた。
 綿棒でのお返しも鈴口への奉仕も、二人が昨日のうちに「発見」した「プレイ」の一環だ。昨日は起きている間はほぼずっと、マグネタイトの放出と摂取を続けていたのだが、興奮していたとはいえ半日も同じ事を繰り返すのは飽きる。そこで二人は互いに興味を持った相手の反応に対し「研究意欲」を持ち始め、それをお互いに尋ねながら探り続けた。そうして知り得た性的知識が今朝のプレイに繋がっている。半日も続けるとは研究熱心だが、当然それだけ二人が淫乱だという事でもある。
 とはいえ、ずっと相手の身体のことばかり探っていたわけではない。互いに「相手の常識」を尋ね、それを学んでいた。身体の違いは当然ながら、生まれ育った環境もまったく異なっていた二人だけに、昨日は互いを知るための有意義で貴重な時間を過ごしたという事になる。もっともその有意義で貴重な時間で知り得た知識がすぐに活かされたのが「これ」なのだが。
「やべ、このままじゃ……ほら、入れるぞ」
「入れて、入れてぇ! あ、来た……んぁあ! 来たぁ、入ってくる……ん、あ、あ、んぁあ! い、タケル、い、いいよ、気持ちいい、ん、あ、ふぁ! ん、い、あ、なか、なか、い、きもち、い、いい!」
 グショグショに濡れた股間に張り付く服を綿棒の先でずらしながら、そのまま彼女の中へ、膣の中へと綿棒を進めていった。そしてゆっくりと綿棒を、まるで耳かきでもするかのように前後に動かしたりクリクリと軸を回したりしてピクシーを弄ぶ。
 武が初めてピクシーの中へ綿棒を入れたのは昨日のこと。性に目覚めたばかりのピクシーだったから、当初武は中へ入れるのを戸惑っていた。それはもちろん、ピクシーが「処女」だからこその戸惑いだ。しかし性に積極的になっていたピクシーは自分の膣に対する刺激が性的に気持ち良い物になると聞かされ、その快楽への好奇心を抑えられなかった。そもそも人間の持つ処女概念がピクシーにはなかったというのも積極的にさせた要因にあったのだろう。そして幸いなことに、ピクシーには初めから処女膜がなかった。それ故なのか、処女膜を破られる激痛は当然感じることはなく、身体の大きさから考えると膣に対して太すぎる綿棒をすんなりと受け入れた。そして最初から、彼女は膣を内側から刺激される女の快楽に夢中となった。
 妖精ではなく淫魔なのではないか。そう武は先ほど口にしたが、それは昨日の経験から感じたことでもあった。妖精という種に対する武のイメージは、イタズラ好きだが純粋で清らかな者、という感じだった。しかし実際自分の目の前に現れたピクシーは、外見こそ確かにイメージ通りだったが、あまりにも淫乱すぎた。武でなくとも、彼女のこんな乱れた姿を見れば妖精ではなく淫魔に見えるだろう。
 だがそんなイメージの違いは些細なことだ。武にとってはむしろ今のピクシーの方がおとぎ話の妖精よりも愛らしい。
「い、きもちいい、タケル、タケルぅ! いい、これいいよぉ、タケルぅ! ん、あ、ふぁ、ん、あぁあ!」
 鈴口に指を入れながら喘ぐ妖精の、なんと淫靡なことか。自分の名を叫びながらよがり求める彼女を前にして、イメージの違いなど誰が気にしよう? 武はすっかり、彼女に魅了されていた。
 そしてそれは、ピクシーも同じだった。「いやらしいこと」という行為は何となくイメージしていたが、具体的にどういうことなのかなど理解していなかった。なんとなく、「いやらしいこと」とは男が女にすることで、女はされると嫌な顔をするもの……という、間違いとは言い切れないが正しくはない性知識しかなかった。そんな彼女に性の「悦び」を教えてくれた武は、彼女にとって命の恩人であると同時に愛おしい存在になっていた。
 性が二人を結びつけている。「仲魔」という契約を結んでいる二人だが、その契約以上に二人は心を惹かれあっている。それは恋愛にとても近く、だが全く異なった感情……ふしだらだが純粋な心の結びつきだ。
「やっ! ん、跳ねてる、タケルの跳ねてる! い、いくの? いっちゃうの? ね、出して、ドバッて、ドピュッて! ね、わたしも、い、いく、いくから、一緒、一緒がいいから、ね、ん、ふぁっ! ん、あ、い、いって、だして、ドピュッて、ドピュッてぇ! ね、ん、あ、んぁあ! い、あ、あぁああ! で、でてるぅ! タケルの、タケルの出てるぅ! い、あ、んぁ! いっちゃ、タケルの、いっぱい、あび、い、んあ、あ、ふあぁああああ!」
 白濁した噴水を被りながら、ピクシーは小さな身体をビクビクと小刻みに震わせた。
「ふぁ……ん、美味しい。やっぱり朝の絞りたては美味しいね……」
「牛乳と一緒にするなよ……」
 妖精にとって牛や山羊、羊といった家畜の乳は好物だ。それはピクシーにも言えることだが、今の彼女はそんな家畜のミルクよりも武のミルクの方が何倍にも美味。
「ねね、明日からも良いでしょ? やっぱり朝のミルクは美味しいって!」
「ったく……まあいいけどさ」
 毎朝フェラをされて起こされる。男の夢であるシチュエーションを要求され、武は呆れるような口ぶりながらもにやつく口元を隠しきれなかった。
「でさ、タケル。「ディア」かけとく?」
「いや、一回くらいなら全然問題ないから良いよ」
 聞き慣れない単語を口にするピクシー。昨日までの武も知らなかった単語だが、今の彼にはその一言が何を表しているのかを知っていた。知っている上で彼はピクシーの申し出を断った。
 聞き馴染んではいたが実在するとは思っていなかった……魔法。ピクシーが口にしたのは、そんな魔法の一つだ。
 ディアとは、傷ついた肉体を回復するための魔法。医学的な単語を用いるならば、外科治療を瞬時に行う魔法だ。よって内科的な病は治療できないが、痛み止めくらいは行えるようで、昨日陰茎に激しい痛みを感じた武の治療をこの魔法で行っている。そこで初めて武は魔法の存在を知ることが出来、そして一夜で陰茎を復活させられたのだ。
 魔法だけじゃない。武は魔法以外にも様々な事をピクシーから学んだ。「ピクシー」というのが種族名であり個人名ではないことや、彼女に個人名が存在しないという個人的な情報から、魔界の存在、そして「悪魔」と呼ばれる者達の存在といった、彼女にしてみれば「常識」となる大きな情報まで様々と。特に武は悪魔の存在、そして彼らの行う「仲魔」という契約についてピクシーから聞き出していた。
 ピクシーの言う「悪魔」という定義は、武の知る定義とは異なっていた。地獄からやってくる悪しき種族、それが武を始め一般的に知られている悪魔なのだが、ピクシーが言うには、彼女達妖精を始め悪魔と敵対する天使達すらも全てが「悪魔」と一括りにされているらしい。どうしてそのような括りになっているのか……までピクシーは知らなかったが、彼女の定義は「悪魔」達にとって常識だと武に告げている。
 また「仲魔」という定義も悪魔という括りの定義に従って付けられた俗称。武がピクシーとの間に交わした契約はもちろん、「人間に仕える契約」は全て「仲魔にする」と定義づけられている。ピクシーに「仕える」という感覚があるのかは疑問だが、とりあえず武は「悪魔との雇用契約」に近い物だと理解した。武とピクシーの間柄で言えば、武がピクシーにマグネタイトという賃金を支払う代わりに「奉仕活動」を要求する雇用関係か。むろん二人の間柄はこんなドライに考えられるものではないが、ピクシーの漠然とした話から武が推測した意味合いはこんな所だ。
 この他にも武はピクシーから色々と話を聞いているが、マグネタイトという謎の物質に関する詳しい話はついぞ聞き出せなかった。ピクシーの話しぶりでは精液以外にもマグネタイトは存在し、元々ピクシーは大気中や他の物からマグネタイトを摂取していた。ただ初めて武と出会ったときは大量のマグネタイトを急遽摂取しなければならなかったために、あのような手段に出ただけ。マグネタイトが具体的にどのような物で、何故必要なのかをピクシー本人は理解していなかった。人間だって腹が減ったら食事を取るが、食事を取ることによって自分がどうなるかなんて「胃で消化する」くらいしか理解していないのが普通だろう。専門的に学ばなければ、食品の栄養素がどんな物か、そしてその栄養が身体にどんな影響を与えるかなんて知ることは少ないはず。ピクシーがマグネタイトのことを詳しく知らなくても仕方のないことなのだ。
 武は少ないながらも「ピクシーの常識」を色々と知る一方で、ピクシーも「武のこと」をある程度知ることが出来ている。彼が成人した男性であり今は家族と離れ一人暮らしをしていることや、彼がつい先日勤めていた本屋の閉店に伴い無職になってしまったこと、だからこそこうしてピクシーと朝から「情事」にふけられることなども理解していた。もっとも彼女は、武が無職であるということがどれほど深刻なことなのかまでは理解していないが。ピクシーにしてみれば、朝からずっと武とイチャついていられるのだから無職でいてくれて感謝しているくらいだ。だが当の武はこの状況を喜んでいるはずもない。
「さてと……俺の朝飯を作らないと。ピクシー、今日はもうダメだからな。昨日みたくずっとってわけにはいかないぞ」
「えー、そうなのぉ? もう一回したかったのにぃ」
 切なげに見上げるピクシーを見ると、後もう一回くらいと心が折れそうになる武。だがそれで昨日はズルズルと半日過ごしてしまったのだと自分を戒める。ピクシーを自分の股間から持ち上げティッシュ箱の横に置くと、帰す手でティッシュを取りだし自分の陰茎を綺麗にしてパンツをはき直す。
「ダメだって……また夜な。今日は流石にハローワーク行かないと。昨日行けなかったし」
 無職になってからまだ日は浅く、失業保険もある為まだ余裕はあるが、余裕のあるうちに次の仕事を決めなければならない。昨日は思わず堕落しきった一日を過ごしたが、こんな事を毎日繰り返しては本当に身を破滅させてしまう。武は人並みよりもエロい思考を持っているようだが、それでも人並みに理性はあるようだ。それに武はある種の責任感もあった。
 ピクシーとの日々を大切にする為にも、働かないと。まるで新妻を得た新郎のような心境に武は浸っている。ピクシーという「仲魔」を得た武は、彼女との生活を守るという責任感を持ち始めていたのだ。
「タケルぅ、私にも朝ご飯のミルク頂戴」
「今さっき食べただろうが……」
「クスクス、違うよぉ。ちゃんとしたミルク。もぉタケルったらいやらしいんだぁ、フフフ」
 からかうピクシーに苦笑いを浮かべながら、武は冷蔵庫を開け牛乳パックを取り出した。

 ピクシーとの付き合い方を、やはり色々と考えなければならないか。武はハローワークからの帰り道を歩きながら、悩んでいた。
「なによぉ、溜息なんかついちゃってさぁ」
「つきたくもなるよ……よくもまぁ、次から次へと……」
 武の左肩に座り耳元で話しかけるピクシーに、武は携帯電話を右手で持ちながらピクシーの方を見ることなく話し出した。
「それだけ話してて疲れないか?」
「全然? 武は疲れてるの? 聞いてるだけなのに?」
 また一つ、武は軽く溜息をついた。
 ピクシーはずっとこの調子で、武の耳元で彼に向け話し続けていた。朝からずっと、武がハローワークへ向かう道中は当然、仕事を探しているときでも、見つけた求人について職員と話をしているときも、そしてその帰り道である今までずっとだ。
 ピクシーは武以外の人間からは見えないらしい。それは昨日ピクシーから教わって知っていた武だったが、本当なのかどうかは半信半疑だった。実際今日は武はピクシーを連れて初めての外出だったのだが、動く生々しいフィギュアのような彼女を見つけられる者はいなかったようで、どんなにピクシーが騒ごうとも誰も気付かなかった。それはそれで良いのだが、しかしピクシーは見えないことを自覚しているのかしていないのか、かまわず武に話しかけ続けた。そして当然のように、武に返答や相づちを求めてくる。ピクシーの求めに応じることは簡単だが、そんな武の姿を周囲の人々が見ることになる。誰もいないのにさも会話しているようなそぶりでいる武「だけ」の姿を。行きの道中でその事に気付いた武はとっさに携帯電話を取り出し、歩きながら電話をしている人を演じることで周囲の不信感から逃れた。そしてピクシーにはハローワーク内では無視をする……までに至らないものの基本ピクシーの話に反応を示さないよう努めた。一方的に耳元で話し続けられるだけだが、それがずっと続けばやはり集中力は途切れるし気力が削がれていくものだが……その根元は全くその事に気付いていない様子だ。
「もう諦めたよ」
「何を?」
 ピクシーとの付き合い方を考慮しなければならないのは確かだが、彼女の口を止めることは無理だと武は判断した。今は彼女の話をどうやって聞き流すべきか、その事を真剣に悩み始めている。
「ねぇタケルタケル……ねえってば!」
 武の反応が鈍い事に対してピクシーも一定の理解はしていた。それでも話を止めるつもりのない彼女は終始口を動かしていたが、口以外で武の邪魔をすることは今までしなかった。そんな彼女だったが、今は手を出して突然武の耳たぶを引っ張り返答を求めてきた。
「痛いよ、何?」
 何事かとは思いながらもとりあえずピクシーに抗議しながら武は答える。
「後ろ……なんかずっと付いてきてるんだけど」
 後ろと言われ、思わず振り返る武。視線には、背の低い小太りの男が立ち止まっていた。振り返った武を見つめながら、なにやら下卑た笑い顔を浮かべている。
 気持ち悪い。同性の武でも生理的嫌悪感を抱く笑い顔だった。人を小馬鹿にした、見下すような視線。そしてなにやら……背筋がぞっとする卑猥な薄ら笑い……全てをひっくるめ、「いやらしい」と形容する他ない、嫌悪感しか残らない笑顔だ。
 だが何かをされたわけでもない。立ち止まってこちらの様子をヘラヘラと笑いながら見ているが、見られているだけで危害を加えられたわけではない。見られただけでも危害と言いたくなるような胸くそ悪くなる視線ではあるが、だからといってそれを指摘できるはずもない。痴漢やストーカーにあった女性の気持ちとはこんなものだろうかと、武は思わず考えてしまう。
「……いつから?」
「気付いたらいたの……アイツ何?」
 それはこちらが訊きたいと武は小声ながら呟いた。
 ずっと振り返っているわけにもいかず、武はまた正面へむき直して歩き出した。すると男も武達に付いていくかのように歩き始めた。武はそれを「気配」で感じ取った。
 時刻は昼時を過ぎたところ。昼休みを終えた人々が仕事を始め、主婦達が夜の献立を家の中で考え始め、小学生が今日最後の授業を受けている……そんな時間。日中ではあるが、今いる川沿いの土手道には人通りが無い。サイクリングコースとして舗装された真っ直ぐなこの道に人影は見あたらず、遠くで釣りをしている人影が小さく見える程度だ。そんな時間そんな場所に一人の男が一定距離を保ったまま付いてくる……あの下卑た顔を見ていなかったとしても、武が男だとしても、背後からの不気味な存在感に押されるよう足を速めてしまうのは仕方のないことだろう。もしかしてピクシーが見えているのか? そうであってもなくても、武は背中で感じる危機感を忠実に受け止め、逸る足を更に速めた。
「ヤバイよ、アイツ追ってきてる!」
 振り返り確認したピクシーが叫んだ。もう男が武達を狙っているのは明白。だが何故? とにかく逃げることだけを考え武は駆けだした。
 足に自信があるわけではない。しかし武は振り切れると思った。先ほど見た男は小太りで背が低く、とても足が速そうには見えない。逃げ続ければ体力面で考えても振り切れるだろうと武は確信していた。
「危ない!」
 ピクシーが叫び、振り返る武。その時にはもう、背中が焼けるように痛み出していた。
「ぐぁあ!」
「タケル!」
 あまりの痛みに、武は足を止め両膝を曲げてしまう。うずくまりながらも再び後ろを振り返ると、そこにはあの男……あの笑顔にもよく似た別の不気味な顔が見えた。
「ゲッヘッヘッヘッヘッ」
 顔に似つかわしい、下卑た笑い。人のものとは思えない、あまりにも汚らしいその声は……確かに、人の声ではなかった。
「ガキ……アイツサマナーなの!」
 貪欲な顔に突き出た腹。なのに胸や腕はやせ細り、骨と皮だけになっている……餓鬼道へと堕ちた貪欲な魂が変化した地獄の住人。それがガキ……日の当たる陽気な川縁で見かけるような妖怪ではないはずだ。
「ふぅ、ふぅ……ハァ、ハァ……くそっ、ハァ、走んじゃねぇよ、ふぅ、ふぅ……オッサンよぉ」
 ガキによく似た小男が、汗だくになりながら駆け寄りブツブツと文句を垂れ流す。
「ディア!……大丈夫? タケル……」
 魔法の力で激しい痛みが引き、うずくまっていた武は起ち上がり小男と対峙する。別人であるはずなのに、まるで双子かと見紛うような気味の悪い笑顔が二つ、そこにあった。似てはいるが、方や人間で、もう一方は妖怪……いや、悪魔だ。
「ケヘヘッ、なぁオッサン。そいつピクシーだよな。俺さ、そーいう可愛い悪魔が欲しいんだよ」
 小男はいつの間にか手にしていた携帯を片手で開いたり閉じたりを繰り返しながら、汚らしい顔を更に歪めて言い放つ。
「譲れよ。もちろんタダで。オッサンにはもったいないぜピクシーなんてよぉケッヘッヘッヘッ」
「ゲッヘッヘッヘッ」
 似たもの同士が勝手なことを言いながら笑っている。当然ながら、武には不快感しか無く怒りしか心に湧き出さない。譲れと言っているが全く交渉する気がないのは、差し出すのが当然という態度を見れば誰に対しても明らかだ。
「誰だお前」
 当然の質問に、面倒くさいと嫌な顔を見せる小男。
「んなこと関係ねーだろ。いいからピクシー置いて失せろよオッサン。ほらピクシーちゅん。こんな男はもういいからこっちに来いよ」
 下卑た笑いを浮かべながらピクシーを見つめる男だったが、彼の視界からはすぐにピクシーは消えた。武の後ろへピクシーが隠れてしまったから。
「てめぇ、ふざけんなよ! 俺はデビルサマナーなんだからな! 悪魔は俺に従えば良いんだ。俺は選ばれた男だからそれが当然なんだよ!」
 悪魔を呼び出し使役させる召喚師……デビルサマナー。その存在を武は昨日ピクシーから聞かされていたが……本当にいたのかと武は目を疑った。少なくとも、こんな醜い小男は武の想像したイメージの範疇には全く触れていなかったから。しかし現に、こうして男はデビルサマナーを名乗り、そして悪魔を一匹召喚し従わせていた。小男の言葉を疑う余地はない。
「どっちがふざけてんだ……いきなり襲ってピクシーを差し出せだと? 勝手なことをいいや……」
 武の言葉は遮られた。突然襲いかかったガキの爪によって。とっさに飛び退き避けた武だったが、それが精一杯……襲われたという恐怖と先ほど受けた痛みの記憶が身を固めてしまい、行くことも引くことも出来なくしていた。
「じゃあ死ねよオッサン。どうせ殺すつもりだったし」
 死ねとか殺すとか、平然と人に向けて言い放てるのは、言葉の重みを理解できていない子供か、あるいは本気なのか……この男の場合、そのどちらでもあるのだろう。加えて言うならば、言葉の重みどころか命の重みも理解できていないだろう。そして最悪なことに、心も醜いこの男はそれ言葉を実行できる。
「やっちまえよガ……」
「ジオンガ!」
 眩い雷光が小さな掌から放たれる。行く先は醜い悪魔。
「ギャガァアアア!」
 光を浴びた悪魔は苦しみだした。これもまた魔法の一種……当然、こちらはディアと違い相手を痛めつける魔法だ。
「今よタケル、逃げて!」
 ピクシーの一声に武の身は解け、直ぐさま振り返り走り出した。
 逃げなければ。あからさまに危険な悪魔使いから逃げなければ。武は必死で逃げ始めた。気持ちはそのつもりでいた。だが、身体は言うことを聞いてくれなかった。恐怖で竦んでいた身はそう簡単に解れることはなく、気持ちとは裏腹に足が上手く一歩を踏み出せなかった。気ばかりが焦り上半身は前にのめり、そして武は転倒してしまう。
「くそ、くそっ! ふざけんなよオッサン……ガキ、早くやれよ!」
 すぐに起き上がろうとするが足が震え、武は身を反転して腰を落としたまま悪魔達へ向き直ることしかできない。そんな武に、ガキが飛びかかり爪を振り下ろす。
「うぁあああああ!」
 必死だった。ただそれだけだった。気が付けば叫んでいた。そして腕を振り回していた。偶然だ。狙ってなどいない。カウンターヒットになったのだろう……ガキは武から思わぬ一撃を受け自分の主の足下まで飛ばされていた。
「ジオ!」
「グギャア!」
 そしてピクシーからまたも雷光。先ほどよりも小さい光だったが、威力はあるのだろう。受けたガキが悲鳴を上げていた。
「なんだよ……なんだよお前! おい、早く殺れよ! んだよ、ふざけんなよ! 使えねぇなおい!」
 下卑た笑みが強張っている。どんな根拠があったのか知らないが、小男は年上の男を殺しピクシーを奪うことに躊躇いを感じる事もなく失敗するなど想像もしていなかった。なのに自分の思い描いていた大収穫とはほど遠い現実。強張った顔はみるみる赤く染まり、そして現実に苛立ち地団駄を踏んでいる。
「ウルサイゾオマエ……ダマッテロ」
 苛立っていたのは小男だけではない。直接被害を受けているガキも同様だった。その上で味方である男から罵声を浴びれば、その苛立ちも高まるというもの。ただ騒ぐだけの男をガキがギロリと睨みつけるのは、心境を考えれば当然の行動だろう。
「なっ……なんだその態度! 俺はお前の主だぞ、サマナーだぞ! いいからとっととアイツを殺してこいよクズが!」
 視線に怯えながらも権力を振りかざし命令を下す主。そのような態度が相手をどんな気分にさせどんな結果を生むのか……そんな容易な想像も出来ないほど、小男は他人の心というものを気に掛けない男なのだろう。あるいは絶対的な地位に守られているから安全だとでも思っていたか……なんにしても、彼の言動はあまりにも浅はかだ。
「ダマレ……モウイイ。オマエハヨウズミダ。テメェカラクッテヤル」
「なっ、なんだよ……誰に向かって言ってんだよコイツ……」
 小男もようやく、自分の過ちに気付いたか……いや、こんな事ですら「理不尽」と思っているのだろう。身の危険を感じながらも、態度を改めようとしない。
「ふっ、ふざけんなよ……おいよせ! 殺すのはアッチだろ、ガキ! 言うことを聞け!」
「ダマレブタ……マズソウダガ、チョットハ「タシ」ニナルダロ」
 そこからは惨劇としか言い表せない。つい先ほどまで何事もなく平和に暮らしていた武からすれば、惨劇以外の何物でもない光景だった。血しぶきがほとばしり、グチャリと肉が潰れ、ガリガリと骨を砕く音がする……たまらず目を背けた武だったが、否応なく届く音に刺激され武は惨劇の光景を脳裏に思い浮かべてしまい、腹の奥底からこみ上げてくる物を我慢しきれず吐き出してしまう。
「逃げよう、逃げようよタケル!」
 ピクシーに促され、ヨロヨロと起ち上がる武。弱まった気力をどうにか奮い立たせたが、まだ起ち上がるのが精一杯だった。
「マテヨ……オマエモクッテヤルカラ……マッテロヨ」
 冗談ではない。武は命の危険を感じ心で強く強く反発する。だが身体が思うように動かない。さあどうする? 逃げるべきか、それとも闘うべきか……逃げ切れるのか? 勝てるのか? 動かない身体があらゆる選択肢を妨害し、そして戸惑わせる。思考の鈍りは全てを停止させ、武はただ立ちつくすことしかできなかった。
 ジリジリとにじり寄るガキ。震え出す武の身体。服を引っ張り逃げようと何度も叫ぶピクシー。また雷光の魔法を放とうにもその為の「力」が枯渇してしまったピクシーは、武に叫び続けるしかなかった。
 殺られる。このままでは殺られる。動け、動いてくれ! 武は息を荒げながら念じた。このままでは自分だけでなくピクシーも危ない。自分だけでも逃げれば助かるのに、ピクシーはまだ武の服を引っ張り続けている。このままではピクシーも、ピクシーも殺られる……それだけはさせない。させてはならない! 武の心から迷いが吹き飛んだ一瞬だった。
「逃げろピクシー!」
「タケル!」
 叫んだときには飛び出していた。動かなかった足は前へ、ガキへ向かっていた。
 武器はない。術もない。それでも武は向かっていった。それがピクシーを救う最良の手だと武は信じた。信じるしかなかった。出会ってほんの三日だというのに、武はピクシーの為に命を賭けた。
「ダメぇ!」
 叫んでももう遅い。武はガキに向け足を振り上げた。PKを蹴るサッカー選手のように、背の低いガキを蹴り飛ばそうと大きく力強く足は蹴り出される。
「ケケッ!」
 だが大振りの蹴りはアッサリとかわされた。代わりに、ガキの鋭い爪が振り切った足の太股にザックリと三本の真っ赤なラインを生み出した。
「ぐぁあああ!」
「ゲヘヘ。アバレルナヨ、エサノブンザイデ」
 あまりの痛みに叫び、傷口を手で押さえながら転倒する武。それでも今度は直ぐさま起ち上がろうと身体が動く……が、今度は痛みが彼の動きを止めてしまう。
「タケル!」
 痛みに歪む武の顔にピクシーが近づく。脂汗滲む武の頬に、小さくも愛らしい、そしてとても優しい両手が触れる。
「早く逃げろって……」
「やだよぉ、タケル置いていけないよぉ! 逃げよう、一緒に逃げよう!」
 声と共に、頬に触れる手が震えている。泣き叫びながらも、ピクシーは武の側を離れない。自分も襲われるかもしれない可能性よりも、ピクシーは武が襲われている現実が怖かった。その恐怖にピクシーは涙している。三日間の恩義。仲魔としての契約。そしてそれらよりもピクシーの中で大きくなっている感情。その全てが、今のピクシーを突き動かしている。
 しかし現実は厳しい。どんなに武がピクシーを逃がすために奮起しようと、どんなにピクシーが武を心配しようと、それらの想いだけで事態を打開できるほど甘くはない。
「シンパイスルナ。オマエモクッテヤルカラヨォ」
「いや、いやっ! タケル、タケルぅ!」
「くそっ……」
 突然現れたサマナーと悪魔に、武とピクシーの未来が閉ざされようとしている。サマナーは先に未来を閉ざされたが、彼の場合は自業自得といえる。考えようによっては、小男は未来を閉ざした原因が明確な分まだ「諦め」はつく。だが武やピクシーはどうだろう? 突然襲いかかった不幸はあまりにも理不尽で、理解という尺度から逸脱しすぎている。天災にしても人災にしても、不幸は突然やってくるものだが、この遭遇は災害などという言葉で片付けられるものだろうか。震えることしかできない二人に、不幸の元凶がジリジリと迫ってくる。
 しかし突然現れるのは、なにも不幸ばかりではない。
「バウ!」
「ギエッ!」
 武達の正面、ガキの背後から突然大きな犬が現れ、ガキに噛み付いた。下卑た笑みが痛みに歪み、今度はガキが悲鳴を上げた。
「パスカル、そのままかみ殺しちゃえ!」
「グルルル」
「イギィ、イギィ!」
 大型犬の更に後方から、制服を着た女子高生が駆けつけ大型犬をけしかけている。命じられた犬はシベリアンハスキーだろうか? 命じた女子高生はそのまま飼い犬と悪魔を素通りし、武達の元へと駆けつけしゃがみ込んだ。
「大丈夫? オジサン」
 そして女子高生はしゃがみ込み、武の太股へ袖をまくった腕を伸ばす。
「ディア……効いてる?」
 心配そうに武の顔をのぞき込む女子高生の顔は、目鼻立ちが整った綺麗な顔をしていたが、太い眉や染めた髪、さらには首に付けられたチョーカーが彼女の気の強さを表している。反面、武にかける声はとても優しげだ。
「ありがとう……君は?」
「話は後。下がってて」
 魔法を用いて武を治療した謎の女子高生は武の無事を確認すると起ち上がり、ガキと飼い犬の乱闘へ目を向ける。
「パスカル、離れて! ジオンガ!」
 ピクシーがしたように、女子高生も手を付きだしその先から雷光を放つ。
「アギャァアア!」
 醜い顔を更に酷く歪め、悪魔は両手を開いたまま硬直し、そのまま前へと倒れ込んだ。
「ふぅ……上手く行ったね」
 突然の加勢。瞬く間に自分を治療し悪魔を倒した女子高生の登場に、武はただただ驚くばかりだが……これだけで終わらない。
「そうね。でもジオンガまで使うほどでもなかったと思うけど」
 武は目を見開いた。当然だろう、犬が喋ったのだから。妖精を仲魔にし、低俗な悪魔に襲われた武でも、やはり犬が突然喋り出せば驚きもする。だが流石にもう取り乱すようなことはなかった。そもそも、女子高生が妖精と同じように魔法を使い出したことも驚愕的な現実なのだが、その事には動じないだけの「慣れ」はあった。彼女が武を魔法で治療したという安堵感もあったのだろうが。
「そうかなぁ」
「ええそうよ。攻撃は私に任せて、ユミはサポートしてくれるだけで充分だから。例えばそうね……私の代わりに、そこでビックリして私達を見ている人に事情を説明するとか」
 犬らしく舌をダラリと垂らしながら流暢に日本語を話す大型犬の言葉と視線に気付き、女子高生は男達へ振り返る。
「ああゴメン。ビックリしたよね? この子はパスカル。私の大切なパートナーよ。ええと、「仲魔」って言って判るかな?」
「えっ!? ってことはやっぱり……悪魔?」
 普通の犬がしゃべり出すよりは、犬の正体が悪魔だったという方が色々と受け入れやすい武。もっとも、ごく普通の人々ならどちらだって素直になど受け入れられないだろうが。
「悪魔になった……という方が正しいんだけどね。私は由美。白川由美」
 見た目通り気さくな、そして見た目とは裏腹に柔らかい雰囲気をまとった女子高生が名乗り出る。
「金清(かねきよ)武……ありがとう、本当に助かったよ」
 右手を差しだし感謝の意を伝える武。その右手をとり微笑む由美を見て、ようやく武の顔から緊張がとれた。
「ピクシーを連れてるところを見ると、あなたもサマナー? まだ「こっちの世界」に踏み込んだばっかりって感じみたいだけど」
 武の首に抱きつき不安げにこちらを見ているピクシーに微笑みかけながら、由美は武に質問を投げかける。由美は気さくに接しているが、その後ろでパスカルと呼ばれた悪魔のジッと武を見つめる視線は、警戒の色が混ざっていた。幸か不幸か、武もピクシーもパスカルの視線には気付いていない。
「いや、コイツは仲魔だけど俺はサマナーってのじゃないんだ……仲魔とかサマナーとか、ここ二三日で初めて知ったことばっかりで……」
「そーそー。私も武はサマナーかと思ったけど違うんだって。私のこと見えてるのにさ」
 二人の話を少し驚いきながら聞く由美。すっかりうち解けている二人に対し、彼女の言葉が軽くなる。
「へぇ。じゃあマグネタイトとかどうしてるの?」
「それはね、武のオチ……もぐぅ」
「いやそれがさ、マグネタイトとかもよく判らなくて……ピクシーも詳しくは知らないっていうから困ってたんだ」
 小さいがおしゃべりな口を顔ごと慌てて塞ぎながら、武は自分達の事情を語った。由美は武の慌てぶりに眉を僅かながらひそめたが、特に不審とは思わなかった。パスカルも不審とは思わなかったようだが、僅かに苦笑を漏らしていた。
「そっか。なら大変だね。私の場合はパスカルが勝手に「食べてる」から問題ないけど……そうだパスカル、今のガキからマグネタイト食べたの?」
「ええ、とっくにね」
 由美達の会話を聞いて思い出したかのように、武はガキの死骸を探した。だがあの醜い顔も突き出た腹も、周囲に全く見あたらない。更にあの小男の死骸も……残っているのは大量の血痕だけだ。
「後で説明してあげるから、あまりキョロキョロしないで。由美、ここを離れましょう。騒ぎに気付かれる前に」
「そうね……オジサン、ついてきて」
 小走りに駆け出した女子高生と飼い犬に、色々とまた疑問符を頭上に浮かべながら武は言われるままについて行った。

 傷はもうふさがっているが、背中と太股部分の服は切り裂かれたまま。この格好ではあまり街を出歩きたくはなかった武だったが、由美は大丈夫だと武を説得し矢来銀座と呼ばれるアーケード街へ彼らを導いた。アーケード街だけに人通りも先ほどまでの川縁とは違い多くなっており、そんな中ではやはり武の出で立ちは人の目を惹く。しかし由美は人ごとだからなのかそれとも性格なのか、全く気にしたそぶりを見せない。堂々とした由美とは対照的に、武は破れた太股部分を手で隠しながらコソコソとついていく。パスカルはピクシーと違い普通の人々にも見えるようだが、首輪を付けそこから繋がるリードを由美が持っている為不審に思う人はいないようだ。
 不審と言えば、そもそもこんな時間に制服を着た女子高生が街をうろついているのも本来ならおかしな話。道中で武はその事を本人に訊いてみたが、わかるでしょ? と微笑まれて終わった。そもそもこの女子高生が通常通り学業に専念していたら助からなかったのだからと、武はそれ以上追求はしなかった。
「ちょっ……本当に大丈夫なのか?」
 とはいえ、いくら何でも「コレ」はどうだろう? 武は堂々と扉を開ける由美と、そして由美が入ろうとしている店の看板を何度も見ながらたまらず声を掛けた。看板には「ミルクホール新世界」と書かれている。ミルクホール、つまり喫茶店を看板に掲げているが、雰囲気からしてその看板の前に「大人の」と付けるような店であることは明白だ。そんな場所へ未成年が、しかも制服姿で入るべきではないだろう。ついでに言えば大型ペットも同伴だ。間違いだらけの来客としか武には見えない。
「大丈夫よ。オジサンって意外と心配性だね」
 心配性とかそう言う問題ではなく、大人としての責任とかモラル的な事とか立場とか……言いたいことは色々ある武だが、何も口に出来ず扉をくぐった。
「いらっしゃいませ……これはこれは由美様。このような時間にどうされましたか?」
 店主らしき男がグラスを磨きながら由美達を丁重に出迎える。額が少し広がった白髪の男性は常連客が一見の客を連れていることに気付き、頭を下げる。
「ようこそ新世界へ。由美様が連れてこられたということは、あなたもまた「新たな世界」に足を踏み入れてしまわれた方でしょうか?」
 店主が何を言っているのか……武には察しが付いている。由美は「こっちの世界」と表現していたが、普通の人々が踏み込むことのない裏社会……いや、暴力団などのように表裏で言い表せるほど生やさしくはない、もっと違う別世界。悪魔の存在する世界に踏み込んだ、踏み込んでしまったことを武はまた実感する。そして「世界」がある以上、そこで生活する人々もいるのだということも。
 つまり、ここは「そういう」店だということだ。具体的にどんな店かまで武には判らないにしても、悪魔と関わる人々が集う場所なのは間違いない。由美が堂々とこの店に入ったのも、この店が年齢や身なりで入店を制限しているのではなく、悪魔と関わりがあるかどうかで判断されているからだ。
「とりあえず座ろっか。マスター、私コーラね」
 慣れた足取りで由美はカウンターへ向かい、足の長い椅子に飛び乗るよう座る。武はそのまま由美に続き、隣の席へと腰掛けた。
「かしこまりました。ではそちら様……失礼ですが、名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ……武です。金清武です」
 由美よりも一回りは年上であるはずの武が、店の雰囲気に飲まれていた。見渡す限り他に客は居らず、代わりに古いレコード……いや蓄音機が置かれている。この手のアンティークが似合う店内はどことなくレトロな、しかしそれがかえって大人の社交場であることを主張するかのよう。まだ夕方に差し掛かろうという時間だが店内はほど暗く、淡い照明が「モダン」という言葉を連想させた。
「では武様。お飲み物は何になさいましょうか?」
「ああ……えっと、デンキブランとか?」
「これはこれは……ではチェイサーになにかお出ししますか?」
「ちょ、マジであるの? えっと……それじゃ黒ビール……いやゴメン、昼間からそんなに飲むのもなんだし……ハイボールでいいや」
「かしこまりました」
 デンキブランは明治に生まれたカクテルの一種。浅草にある店で飲めることは有名だが、あまり普通の飲み屋では見かけないお酒だ。武は店の雰囲気から「なんとなくモダンな飲み物」だからと冗談で口にしたのだが、すんなりあると言われ驚いたのだ。このデンキブランは「電気」という名が付いているとおり、飲むと舌が痺れるほどにアルコール度数が高い。その為ストレートで飲んだ後にチェイサーとして氷水で口直しするのが一般的。氷水の代わりにビールをチェイサーに選ぶ人もいるが、黒ビールは少々通好みかもしれない。
 当然ながら、横で武達のやり取りを聞いていた由美には「黒ビール」しか意味が判らない。普通の女子高生がデンキブランを知っていたら色々と疑うことが多くなる。ハイボールだって知らなくて当然だろう。
「何それ?」
「ん? ウイスキーを炭酸水で割った奴」
「ふぅん……なんかオッサン臭いね」
「ほっとけ。女学生は大人しくジュースでも飲んでろ」
「飲みますよーだ。健全な女子高生なのでお酒は飲めませからー」
 健全な女子高生がこんな時間にこんな場所へ来ているものか……というのは、むろん口にしないのがエチケットだ。
「ふぅ……さて、色々聞きたいことはいっぱいあるんだけどさ……」
「うん。私も聞きたい。あそこで何があったの?」
 まず武は、いつの間にか小男につけられていたことから彼女らに助け出されるまでを手短に話した。
「えっ! じゃああそこにサマナーいたんだ」
「なるほどね……あの血痕はそういうことだったの」
 由美に続いて、パスカルが納得したと声を出す。楽しげに頭の上ではしゃぐピクシーを気にせず、パスカルは武が知りたいだろう疑問の答えを続けて口にし始める。
「あなたの言うサマナーの死体がないのは、全てあの悪魔、ガキが食べてしまったからよ。ガキは貪欲な悪魔でね、どんなに食べてもずっと腹を空かせている悪魔だから」
 武はガキを始めて見たが、ガキがどんな悪魔だかはなんとなくゲームや漫画で知識を得ていたためにパスカルの説明を素直に受け入れられた。
「だけどあの血の跡はヤバイよね?」
 アスファルトに染みこんだ血のシミまでガキは吸い取れなかったのだろう。人が通りかかれば誰の目にも異様だと気付く、かなり大きな血痕になって残っていた。今頃は既に騒ぎとなり、警察沙汰へと発展しているだろうか。直ぐさまあの場を離れたのは正しい判断だったといえる。とはいえ、由美が不安がるのは無理ないだろう。言葉にはしないが、武も不安を感じていた。
「他に物証も無いし、目撃者もいないし、大丈夫よ。私達が疑われることはまず無いと思うわ」
 パスカルの推測を聞いて、とりあえず胸をなで下ろす二人。悪魔になっているとはいえ、人間よりも犬の方が洞察力が高く肝が据わっているというも、妙な話だ。だがパスカルの凛々しくも堂々とした風格を間近で感じれば、それも納得できる。
「で……パスカルが食べたって? ガキを?」
 人を喰らう悪魔を目撃してしまった武は、パスカルがガキを食べる様子を想像し胃が縮まるのを感じた。幸い飲み込んだハイボールを戻すまでには至らなかったが。
「厳密に言うとマグネタイトをね。悪魔はこの身体を実体化させるのにマグネタイトを消費するの。だから私や他の悪魔も、マグネタイトを必要とする……もちろんこのオチビちゃんもね」
 パスカルは頭上のピクシーをあやすように首を上下に揺する。
「だから私は、ガキから残ったマグネタイトを吸い出して補給した……死体が見えなくなったのは、マグネタイトが無くなり実体化できなくなったからなの」
 倒した相手からエネルギーを吸い取る……人間である武はどうしても生理的な嫌悪を感じてしまうが、しかしそれが必要であることを理解している。
「マグネタイトの補充は私達悪魔にとって、そして悪魔を仲魔にしている者にとって重要な物質……そのあたりはもう理解しているかしら?」
 武は黙って頷く。理解を示し叩けるに対し満足げに笑うパスカルは、その笑いの意味を少し切り替える。
「そうよね……この子にマグネタイトを「頑張って」あげているようだし」
 パスカルはピクシーが口走りそうになった武達の「マグネタイト摂取方法」に感づいていた。おそらくは武の慌てぶりと自分の知識からの推察なのだろうが、彼女は自分の推察が正しいことを武の頬が真っ赤になったのを見て確信した。それがアルコールによるものでなければ、の話だが。
「あっ、で、でさ……君はサマナーなのかい? 白川さん」
 何故武がまた口ごもっているのかイマイチ理解できていない由美だが、自分に話を振られグラスから口を離した。
「由美で良いわ……私もサマナーじゃないのよ。ちょっとね……色々あってさ」
 一度置いたグラスを再び持ち上げ、口を付ける。そして静かにグラスをテーブルに置き、由美は続きを話し出す。
「なんて説明すればいいのかな。「ガーディアン」っていう悪魔が私に取り憑いてるの」
「悪魔が取り憑いてる?」
 守護霊のように取り憑き、宿主に力を貸す。それがガーディアン。由美は自分が身につけてしまった能力をかいつまんで武に話す。ピクシーのように魔法を使えていたのも、そのガーディアンの影響であることも付け加えながら。
「私もね、「こっちの世界」に来てから……もうじき1ヶ月かな。だから私も自分のことすらよく判ってないこと多いんだけどね」
 その1ヶ月の間に何があり何を経験したのか……カラカラとグラスの氷を鳴らし俯く由美を見ては、追求する気が起きない武だった。
「それじゃあ……サマナーっていうのはそんなに多くないんだ。あの男みたいなのが一杯いるとしたら大変だもんなぁ」
 平気で人を殺そうと悪魔を呼び出す男。あの種の人物なぞ、一人いるだけでも大変だ。ここまでの話から武は、悪魔達が言うほどサマナーという人種は多くないのだと判断していた。
「違うの。今ね、サマナーが急増してしまって大変なことになってるの」
「えっ!?」
 武の予測は大きな間違い。あんな男がまだ沢山いると、由美は恐ろしいことを口にしている。
「実はね……」
「そこから先は私からお話ししましょう」
 突然掛かる声に驚き、武と由美は振り向く。視線の先には、真っ黒なスーツに身を包んだ女性が立っていた。
「マダム、来てたんですね」
「今日は由美さん。初めまして、武さん……でしたわね?」
 マダムと呼ばれたその女性は、なるほど、その名にふさわしい麗しい大人の女性だ。スーツにタイトスカートという姿は女性の美しいラインをクッキリと現し、その曲線美に男なら誰しもが惹かれてしまうだろう。黒い口紅を差している為唇に華やかさはないが、きめ細かく透き通るような肌にあってその黒は、艶やかさを際だたせ、思わず己の唇を近づけたくなる。そしてリーゼント風にサイドを上げた髪型が「大人の女性」を更に演出していた。
 しかし武が最も惹かれたのは、彼女の瞳だ。目元は多少つり上がり、僅かに閉じているようにも見える上目蓋がとても色っぽい。だが反対に下目蓋はハッキリと開かれ、どこか幼ささえ感じてしまう。大人の色香と少女の愛らしさを同居させたような、一言で言えば……妖艶としか言い様のない瞳。多くの男をこの瞳で魅了し続けたのだろう、瞳は自分の美に自信ありげだと力強く主張しているようにも見える。
 しかし武は表面的な瞳の魅力にやられたのではない。そのもっと奥……「獲物」を狙うかのような鋭い視線を感じ、ブルリと身体を震わせた。まるで……そう、「蛇」に睨まれたカエルのよう。しかしこの震え、「恐怖」と同居して「歓喜」も感じている。刹那の感覚に武は戸惑い……ピクシーとの出会いとはまた違う、大きな「運命」を感じずにはいられなかった。故に、挨拶をされたにもかかわらず武は言葉が出なかった。どうにかギクシャクと頭を下げるのが精一杯。
「そう緊張なさらないで。どうぞ武さん……続きはこちらで、私からお話ししますわ」
 促されるままに、武は席を立ちマダムの後へ付いていく。様子のおかしい武を心配したピクシーだったが、一緒に行ってはならないと彼女の「本能」が告げ、ただ二人を見送ることしかできなかった。

 店の奥に用意された、豪勢な部屋。奥行きの広さはもちろん、天井も高く、とてもあのアーケード街にある一室とは思えない。まるで突然「別次元」にでも迷い込んだような、そんな錯覚すら感じる。
「武さんはお酒に詳しいようでしたが……シードル(リンゴ酒)はお飲みになるかしら?」
 詳しいよう……と、まるでバーテンダーとのやり取りを見ていたように語る女性。そもそも、彼女は最初から武の名前を知っていた……そこに疑問を持つべきだが、今の武にそのような余裕はない。
「えっと……マダム、さん、その……」
「フフッ、「マダム」に「さん付け」はおかしいわよ? それに私は本当のマダム(女主人)ではないの。皆がそう呼んでくれるだけで、本当のマスター(店主)は先ほどのバーテンダーなの」
 緊張する武を優しく言葉で包み込みながら、マダムと呼ばれていた女性はシードルを注いだグラスを武に手渡し、ソファに腰掛けるよう勧めた。武は勧められるままソファに腰掛け、そして緊張のあまり喉が渇いたせいか、渡されたシードルを一気に飲み干した。
「フフッ、豪勢な飲みっぷりね……お酒は強いのかしら?」
「いえ、好きなだけで強くはないです……」
 空になったグラスへシードルを注ぎながら、マダムはより武へ腰を近づける。固まったままの武はされるがままになっている。
「あの、マダム……」
 武の唇に人差し指を当て、それ以上の発言を止める。
「百合子……あなたには名前で呼んで欲しいわ」
 指を離しながら微笑むその様はまるで少女のようで、しかし優雅な動作は熟練の女性によるもの。男の持つ女性へのあらゆる願望を兼ね備えている……武は百合子をそんな女性に思えた。
「百合子、さん。その、サマナーの話ですが……」
「全てお話ししましょう。あなたが知りたいことなら全て」
 そう告げながら、百合子はゆっくりと席を立ち、そしてスーツに手を掛ける。
「そしてあなたがこれからすべきこと……あなたの行く道、その先を僅かですか照らして差し上げます」
 ハラリと落ちる上着。続いてスカートも脱げ落ちる。
「ですが、その前に……武、あなたにお願いがあります」
 ゆっくりと脱がされるシャツ。そして見せつけるように下着へ手を掛け、身体をくねらせ薄布を脱ぎ捨てた。
「この私を抱いてくださいますか?」
 魔性のヴィーナスを前にして、この申し出を断れる男なぞこの世にいるはずがない。

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